「何でも許せる人」というのは、何でも楽しく読めて地雷の無い人、という意味かと思っていたけど、そういう一括りでもないのだと聞きました。
あくまでもそれは、見かけてもそっと自衛が出来る(正確にはまだもう少しあるのだと思いますが)人のことを言うんだ、という意見も聞きました。
だけどそういう「自衛できる人」というのは、私は今まで「何でもは許せない人」というのかと、思っていたんです。
「自衛できる人」が「許せる人」ならば、その世界での「許せない人」とは、何をする人なのかと聞きました。
そういえば最近、意見の合わない人を攻撃したり粘着したり、そういうトラブルのお話もよく聞きます。
一つの例ですが、「許せない」と、そういった行動に出る人も居るって事、みたいでした。
999の「タイタン」の、楽園法をなんとなく、思い出します。
楽園法の下では、人の自由を奪う事が罪の対象になります。
盗みも殺人も、やりたければやっていいし、罪にもならない。
その「やりたい」という行動を止めるほうが罪になるんですよね。
結果は治安なんてあるわけ無い無法地帯、という設定になっています。
だけど、被害者の「されたくない」という自由は、無視されています。
現実問題では、なりたちようは無い気がします。
そういう、同時には成り立たない問題の中で、常識は揺れ動いているんだろうと、思っているんです。
「今は昔の常識とは違うんですよ」って言っても、多分10年も経てば、またなんかしら変わるんだろうな…
松本先生って、すごいですよね。
どの話読んでも人の気持ちをえぐる、感じ入ることばかりで、大尊敬しています。
