挨拶をしない自由なんて、大昔からあった。
しない人は、しないよね。
するしないに自由があるように、された人されない人にも自由がある。
そのことにどう思おうと、自由だ。
何にしても「受け入れろ」と言う方は、何の権利があってそう言えるのかが不思議だねって思う。
挨拶って、マナーや形式や、ましてや優しさとかでもない。
相手に対して「あなたがそこに居ることを認識していますよ」と合図することだ。
挨拶しないということは、その合図さえ不要なくらい近しい間柄でなければ、「視界に入ってません」という合図になってしまうのだと思う。
「近しくて」挨拶しない人だって、別の方法でちゃんと相手の存在を承認している合図を送っている。
いきなりだけど昨日の試合の話をし始めたり、そっとアメあげたりとか、色々やっている。
そういう事もなしに挨拶無しなのであれば、「無視された」としてカッチンくる人だっている。
それを「カッチン来ないでほしい」と、自分の自由だけ認めろっていうのが、私には横暴に感じる。
挨拶されなくても平気な人もいるからね。
その辺はそれぞれの性格になってくる。
もう、ゼッタイあれだこれだ、って話にはならない(汗)
