札幌近郊に生まれ育った昭和後半産の人たちは、どっちかって言うと北海道は開拓地というイメージの中で、育っていたと思う。
身近にアイヌを感じることってほとんど無くて、幼き頃は「昔住んでた人」という解釈でいたように思う。
これが昭和30年代産ぐらいだと、「コタン」はもう無いけど、どこからかやって来た「アイヌだ」という人が、一人でお家を建てて近所に住んでいた記憶がある、っていう人がボチボチいたりします。
差別や迫害がどのくらいあったのか、そこには差別や迫害「しか」無かったのかどうか、そういう事はだいぶ後になってから考えるようになった事です。
今「北海道は開拓地」と言い切ってしまうのはデリケートな問題を孕むと、以前よりは多くの道民に浸透してきてると思う。
勿論、開拓によって、「今の」北海道がある。
この功績だって素晴らしいと思うけど、「民族共生」標榜の元では、なかなか表立って感謝しにくい今日このごろだ。
なんでそんな話を突然してるかって言いますと、オフィスキューの亜由美社長がヤフーに載ってるインタビューで
「もともと北海道という土地は、全国各地から開拓者が築いてきた歴史がある。それを掘り起こしていきたい」
と語っていたからでした。
これは団体黙ってない表現だと私は思ったけど、言葉を適当にまとめられてないか、切り出されてないか、ちょっと分かんないしね(汗)
亜由美社長くらいの年だと、生まれた時から歴史って「親父の親父が開いた土地」ってイメージが、とても強いんだと思う。
80年代か90年代かそんくらいに、「アイムアホッカイドウマン」という曲がラジオ民放各局でしきりに流れていた。
親父の親父が、っていうくだりは、その曲の歌詞なんです。
子供の頃にそういうの聞いてると、無意識にそういう考えが浮き出てくるって事はあるだろうな、とは思う。
北海道の開拓って、掘り起こすほど大昔のことでもない。
忘れられないように記憶する、の方が、自分的にはしっくりくる気もします。
亜由美社長も道産子なので、その辺のデリケートさを知らないはずは無いと思う。
それでも公共で不用意に「北海道は開拓者が開いた」と、まるで言い切っているように取られるものの言い方をしてしまうなら、そういう感覚でいる人はまだまだ、沢山いるんだろうなと思う。
オフィスキュー、今日からイベントを開催するのだそうです。
フードフィルム…食べ物を扱った映画のイベントみたい。
地元の食と産業を頻繁に映画で扱っていた、オフィスキューさんならではだよね。
