新入学シーズンは、だいたいカルトの書き入れ時だ。
私が大学1年の頃、同じクラスに一人、カルトに転んだ子が居た。
それは、9月くらいだったけどね。
教義そのものは、全然悪いことないんだよ。
むしろ結構、いいんだよ。
健康にもいいしそうだよなって思うことが多いから、洗脳とかじゃなく、ちゃんと自分で考えて納得してメンバーに加わったんだと、彼は晴れやかな顔で話してくれた。
おとなしい感じの、善良ないい子だった。
だけど、お酒を飲むと熱く語ることもあるようなタイプだった。
賑やかに騒ぐ事の少ない子だったので、語る内容を聞いていて、普段言わない人にも熱いパッションは秘められてる事もあるんだと、なんとなく感心した。
最初は自分も、そんなのに入信するなんてありえないよなと思ったんだよ。
そんなことも、彼は言っていた。
だけどよくよく聞くと、みんなが言ってるような変な集団じゃないっていうのが分かったんだよ。
自分で、これはいいものだと、チョイスして進んでいったのだ。
初めて一人暮らしをし、友達も少ない状態の生徒は狙われやすい。
どういう話で、彼とカルトが近づいていったのかは全く分かりません。
そのうち、学校に、本当に来なくなった。
地下鉄サリンから30年がたった。
入信者はまだおり、後継されているという。
何事だ、それ・・・
信念を持つのは大変結構だけど、「正しい信念」はどこにあるのか。
「腐敗」と「発酵」は同じ現象だ。
人間にとって役に立つかそうでないかで、その呼び名が変わる。
「信仰」を、どっちかに分けられる単語って、ありませんかね。
