EP.06 PAN PAN PAN - 1/2

その後は、店に宴会らしい華やぎが広がった。

恩返ししたい、いろんな人の話を次から次へとしてくれる。
関カムには「食わせてもらった」と言っていた。
このスーパースターが、リップサービスではなく本気で言っているのだ。
きめ細かく人の恩に報いようとする彼は、本当に繊細で優しい子だと改めて思う。

「あっちゃんさんはスゴいす。小さい時から男子に混じって野球して」
「それを冷静に、客観視してんですよね」
「あっちゃんさんにも、お礼をしないと」
お酒はあんまり強くないと言いながら杉元くんは、冷しゃぶサラダをモリモリ食べて3杯目のビールを飲み干した。

「関カムジュニアの野球教室で、講師やった時のメンバーだったんす」
「だけど俺なんかより野球に詳しくて、真剣で」
「そういう面で、逆に教えられる事がいっぱいあった」
「その後、関カムジュニアの代表に選ばれて・・」

あっちゃんは当時ショートを守っていて、それはそれは目立つ存在だった。
高校生になった今は、男子選手と基本的な体格差が開いて来ているのだろう。
レギュラー奪取はなかなか大変だが頑張る、と、それでも確かな笑顔で話してくれた。

「いつか、同じダイヤモンドの中で」
「同じ勝利を目指せるといいな、って言ってくれたんすよ」
「まだあっちゃんさん6年生なのにさ・・」
杉元くんは思い出し笑いと共に、グラスをまた空ける。
「ああ、もう忘れちゃってるかなあ〜」
指でテーブルの木目をクニクニとなぞりながら、確かめる前から諦めたような、大きなため息をつく。

「何言ってるの〜・・6年生ったら、たった5年前じゃないの」
「覚えてると思うけどな~・・・」

「だといいっすねえ」
酔いが回った頬で、照れくさそうに語る杉元くん。
何年か前あっちゃんが、杉元くんの名前を聞いただけで耳まで真っ赤にしていたのを、私は覚えている。
大丈夫必ず覚えていると私は思ったけど、それ以上は言わなかった。

甘いお酒が好きだと言うので、杏のリキュールを出した。
水滴のついたグラスに額に当て、「冷たぁい」と切長の瞳でうっとり微笑む。
ソーダの泡がカワイイとはしゃぐ杉元くんと、私も忘れかけていた女子大生の頃みたいに、コスメや少女漫画の話までしてキャッキャと盛り上がっていた。

この子が試合になると、ウソみたいに性格が変わるのだ。
新人の時、判定をミスった審判に激怒して殴りかかろうと、鬼の形相で外野まで追いかけた事がある子だ。
目の前の少女のような可憐さと、彼の中でそれは、一体どう同居しているんだろう・・。

「俺女子会に放り込まれたみたい」
杢太郎さんが苦笑する。

杉元くんはあっすみませんと慌てて小さく頭を下げ、少々怪しくなった呂律で彼に向かって喋り出した。
「俺、菊田さんとは、あれっきりすれ違いでぇ」
「同じチ〜ムに居るのにぃ、接点ホント無くってぇ」
「こんな時だけどぉ〜・・今はちょっと良かったかなぁとかってぇ」

杢太郎さんは困った笑い顔で、外人さんみたく両手を左右に広げて肩を竦める。
「二軍送りの身で何言うかと思えば・・」
「だいたい俺ぁこっちの担当じゃあねえんだよ」

「それっすよそれ!なんだっけアレ、特撮コーチ」

特命コーチな、と杢太郎さんは言い直し、決まり悪そうに笑みを浮かべる。
いまだに何だか気恥ずかしいと、笑って天井を見上げた。

「コーチはコーチなんでしょお?まだあっち行くまで時間あるんなら〜、俺と練習しましょうよぉ」
「もうさ、ランニングとか、キャッチボールとか、そういうとこからぁ」
「菊田さん、ねぇ、始めようよぉ・・・」
襲いくる眠気と戦いながら、杉元くんが彼に一生懸命話しかける。

「やめとくよ、GMに叱られちまう」
彼が嬉しそうな悲しそうな、口角だけをクイっと上げた、複雑な笑顔で答える。
杉元くんの耳には、どう届いただろうか。

小上がりで杉元くんが、心地良さそうに寝息を立てている。
「どうしようか?気持ちよさそうだけど、起こした方がいいのかしら」

「どうせ東京なんて戻れねえだろ。泊めとけ」
「俺たちも、今晩はこっち泊まろ」
多分今からだと、寮にも入れない。
杢太郎さんの提案にうなずいて、私もカウンターで杢太郎さんの横に座った。

杉元くんは寝落ち寸前、杢太郎さんに問いかけていた。

「菊田さんにも・・カムイっているんすか」
「なんて・・言ってっすか」

彼が「俺のカムイはちゃんと仕事しろって言ってるよ」と答えると、杉元くんは
「菊田さんのカムイってぇ、厳しいっすねえ・・」
と、ロレロレに酔っぱらった呂律で、スッと落ちるように眠ってしまった。

「お疲れ様」
グラスをチン、と静かに合わせて乾杯をする。

私が自分の前に置いた杏子酒を、彼は一舐めして「甘いねえ」と笑みを浮かべた。

私は、ホッとしていた。
きっと杉元くんは野球を辞めない。野球を嫌ったりしない。
いつどこのチームで、どんなポジションにいるかは、その時じゃないと分からない。
だけど彼は恩返しを終えるまで、きっと野球と共に人生を歩んでくれるだろう。

杢太郎さんと話す杉元くんの背後にも、きっとカムイはいた。
「なんで野球を続けてるか分からない」なんて、杉元くんとカムイは、多分もう思ってはいない。
私には、それが嬉しくてたまらなかった。
そしてその分杢太郎さんの頼もしさがとても愛しくて、今すぐ抱きついて泣きたいぐらいの気分を、ひた隠しにしていた。

「仕事か・・・」
彼はまたなぜか、私のグラスに口をつけ、笑いながら眉間に皺を寄せる。
「甘い」とは、お酒の事じゃなかったのか。

彼は後輩たちにとても優しいけれど、甘い人とは、私は思わない。

相手の立場や視点に寄り添いながら、丁寧に話を聞いて一緒に考える。
冷静かと思えば意外に熱くて、ちょっぴりお兄さん風を吹かせてみながら、一歩前を歩いている。
付いて行って気がつけば、進むべき道は、ほんのり照らされて浮かび上がる。
そしていつの間にか少しずつ距離を取り、それでもちゃんと遠くで見守ってる。
あとは彼ら自身が自分の道を、自分の意志で、歩けるようにと。

それは、スター達が煌めき始めるその時間には、満天の星空にそっと紛れてゆく・・
(・・・まるで、一番星みたい)

私は彼の腿に手を置いた。
私の熱く潤む気持ちは、自分の体をほんの少しだけ、彼の胸の中に寄せさせた。

「ねえ、私にもカムイいるよ」
彼が下唇をちょっと突き出して、んっ?と言って私を見下ろす。

見上げた私は、自分の首の後ろをぽんぽんと叩いて
「よくこんな」

「こんないい男捕まえたって」

恥ずかしくて嬉しくて、顔までいきなり熱くなる。

「でかした、って褒めてるわ」

菊田コーチ。
私の、杢太郎さん。

初めて告白する時みたいに、体の中から沸々と熱気が湧いてくる。
照れ隠しに私はニッと笑ったが、愛しさはもう隠せなくて、体中が熱くなった。
多分激しく赤面している。恥ずかしすぎてちょっと涙ぐんでしまっている。
私は思わず顔を背けて、自分の顔を両手で覆い隠した。

「そうかい」と、優しい笑みの混じった声が、甘く私の上にかぶさってくる。
そして真っ赤に熱い私の顔を、慈しむような手つきで、私の手ごと掌で包んで上げさせた。
おでこ同士を軽くコッツンコさせ、彼は私の唇に近づくだけ近づいて、呟いた。

「サンキュー、カムイ」

私の唇から、熱い吐息に紛れる小さな呟きが漏れる。
「もくたろうさんすき」

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