2026/02/15

私が学生だった頃、学校というのは「子どもたちを守るところ」だった。

「金八先生」が、私のお子ちゃま時代大ブームになった。
小さい私は、その中身が世間にどの程度の問題を投げかけているのか、本当の意味では理解していなかった。

「腐ったミカンの方程式」

言葉は、有名だよね。
ミカンの箱の中に一つ腐ったのが入っていたら、全部腐る。
学校に一人クズがいたら、周りもみんなクズになる。

だから不良は排除すべきだと言われた金八先生が、人間はミカンじゃないと涙ながらに抗議する場面が印象的だった。

やがてその不良少年が、なんでだか理由は覚えていないんだけど、他校に襲撃?理由はあったんだろうけど、そういう事をした。

で学校が、警察を呼んで事態を収束させた。

「混乱したなら警察やむなし」と考える人も多いと思う。

だけど当時「生徒を守るための学校や先生が、その生徒を警察に突き出した」という事は、今で思うよりも大事件だったと思う。

・・・

学校内で、生徒同士による犯罪事件が多発している。
被害は本当に許し難いものも多く、「子どものした事だから」と看過する方がおかしい事態も増えている。

そして学校は未だに「生徒を守る」スタンスを崩さない。
加害生徒の人権は確保され、それが世間からどんなに疑問視されても、校内犯罪者は裁かれる機会がない。

金八先生は「人間はミカンとは違って、全部腐ることは無いんだ」と主張していた。

そうであって欲しかった。
だけど、多分今はもう、そうじゃないんだと思う。

私は子育てをしたことがないので他人事でしかなく、偉そうな事は、言えない。

だけど、学校に入ってくる段階ですでに腐ってるミカンって、もしかしたらあるんじゃないのか。
学校をかばうわけでもないけど、家庭教育の問題は、真に一つも、無いんだろうか。

邪推なのはわかってます、すみません。

ただもう、学校が警察に突き出さなきゃならないレベルの「子どもの犯行」なら、「親の責任」は織り込んだ方がいいような気は、するんだよね。

育て方とか生い立ちは問わず、罪状に応じて親にも罰則を与えないと少年犯罪は止まらないんじゃないかと思っている。

改めて言うけど、育った背景は度外視しなくちゃならないと思う。
対象にするのは「やったことだけ」です。

冷たい考え方かもしれないけど、もう金八先生も、いないからさ・・
悲しい現実と、どう共存していけばいいんですかね。

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