また、輝くだろう - 1/2

僕が月島と再会したのは2012年、地元のBCリーグ戦が終盤を迎える頃だった。
いや正確には再会ではなく、その時は、僕が一方的に見つけただけだった。

僕のふたつ後輩で、1年生ながらさっさと正捕手の座を手にしたあの月島は、下の名前を変えていた。
ただならぬ事情を感じた僕は、よく似ている他人と決め込んで取材を躊躇していた。

卒業したばかりの春にOB達で母校へ遊びに行った時、月島は退学したと聞かされた。
ワルばっか集まったような学校で中退なんてよくある事だったが、あの月島が、と思うとなんとなく違和感を憶えた。
あいつがいればチームも少しはまともになる気がしてて、楽しみだった。
その分、がっかり感も大きかった。

月島が本格的に野球を始めたのは中学、普通に部活でだったという。
ウチに入部する時に、キャッチャーの志望動機を聞いた。
家が貧乏なので、一番金のかかってそうな道具を無料で使えるポジションがいいと、あいつは大人びた笑顔を見せた。
そして部費程度でこんないいもの使って悪いから、といつも、道具たちの入念な手入れを怠らなかった。

だけどそもそも、キャッチャーできるやつは最初からなんか違うというか、ああここにあいつがいれば安心だなっていうか、不思議な風格を持っている。
月島は決して元気印ではなかったがいつも平常心で、自然と仲間を気遣ってチーム全体を見渡せるやつだった。
中退したのなら野球もやめてしまったのか。もったいないなと思っていた。

月島が姿を消した後、僕らの学校は相変わらず荒れていたが、道具を大切にする精神だけは何故か残った。
僕は高校を卒業した後野球をやめたけれど、好きな野球で仕事をしたくて勝手にフリーライターを名乗り、地元プロを応援する記事を書き続けていた。

その後月島は、NPBの選手になる。名前を僕の知っている「基」に戻して。

当時スカウトだった、鶴見GMの秘蔵っ子だったと聞かされた。
鶴見GMは、しがないライターである僕にはネタにできないような事ばかりを、たまたまあいつの先輩だというだけで話してよこした。
単純に、あいつの人となりを聞き出したい為の、身の上暴露だったんだろう。
知り合いのプライベートなど、本当は聞きたくもなかったが。

鶴見スカウトは入部時から、月島に目星をつけていたのだという。
調べる内に、あいつの家族が色々問題を抱えていて、あいつは一人でその処理に当たっていることがわかった。
高校を中退したのは親父さんのせいで、その頃自分の名前も変えてしまったらしい。

地元BCにNPBからスカウトが視察に来ていると聞き、僕はその選手「月島完」にとうとう会いに行った。2013年開幕前の、春の事だった。
あいつは僕を「主将」と昔のまま呼び、素直に笑ってくれた。

こんな高価い酒飲んでいいんですかと問われ、僕は金なら編集部から出ると嘘を言った。本当は鶴見スカウト持ちだった。

しばらく遠ざかっていたけどやっぱり野球はいいですねと、ちびちび日本酒を飲む姿も様になる、あいつはそんな大人になっていた。
面倒な事に目処がつき、やっと野球を再開できたんですと穏やかに語った。

リーグはどこのチームも人手が足りなく、慢性的な財政難だ。
僕らの地元も例に漏れず、いつでも選手募集中だが、食べていくだけの給料を出せず、なり手が中々いない。
選手は、ただ野球をやりたい一心で集まった男ばかりで、ほとんどが試合と練習、そしてアルバイトや副業で毎日を食い繋いでいた。
月島は、そんなチームの中の希望の光だった。的確な判断ときびきびした動きで、選手達のプレイへの意識は急激に変わった。
バイトで誰かが試合に来られなくなったら、月島はどこのポジションでも守った。そういう事を当たり前にできる男だった。
全体にその意識は広がり、誰かがきつい時はみんなでカバーできるようになった。
それまで、誰かが抜けたらそのポジションは手薄になって当たり前、ミスも責任をなすりつけ合うようなところがあった。
月島が、自分は知らず知らずのうちに、みんながお互いの苦労や頑張りを認め合って労わりあえるチームに成長させた。チームは、少しずつ強くなった。
そして鶴見スカウトは、その月島を虎視眈々と狙っていた。

チームの監督に、スカウトが来た当時の話を聞くことができた。
監督は、鶴見スカウトに月島を連れて行かないでくれと懇願したのだという。
スカウトはそんな監督を心底蔑むような目つきで、あなたはそれでも野球人かと静かに責め立てたのだそうだ。
野球を愛しているのに、家庭の事情や他人への情や、しがらみで野球が続けられない選手を一人でも救いたい。一人でも多く、野球で食べていける選手を増やしたい。
月島は高校1年で野球を諦める道を選ばざるを得なかった。
本来なら今頃どこかのNPBチームで花形キャッチャーとして活躍していた筈の人材だ。その月島の人生を、あなたは自分のチーム可愛さで潰そうとしていると。

監督は反論した。ならば今、月島とプレイしているチームメイト達はどうなる、と。
スカウトが言う通り、野球で食べていける選手を一人でも増やしたい気持ちは同じだ。
やっと、月島のおかげで強くなりリーグ優勝までも狙え、ファンも増えてグッズ収益も上がってきた。
やっと選手が少しでも、野球に集中できるくらいの給料を出せそうなのに、それを邪魔するのは他ならぬNPB、スカウトあなたじゃないのかと。

だけどそれを聞きつけたチームメイトが、それは自分達が頑張ればいい事だと逆に監督を、涙ながらに叱りつけたのだという。

入団後の月島の活躍は言わずもがなだ。
キャッチャーとして入団したがすぐ内野にコンバートされ、今はゴールデングラブ賞の常連となっている。

東京へ行った月島に、久しぶりに会った。
野球選手としては小柄な部類に入るが、首から肩の筋肉で盛り上がったなだらかなラインが、この男の鍛え上げられた体を容易に想像させる。

月島は、自分は運が良かったと言う。
母さんは親父に殴られて殴られて殺される前に出ていったし、親父はこの間やっと死んでくれたし(本当にこういう言い方をしたのだ)、副業しながら野球できたおかげで、借金も地元で返し終わったと。
ただ僕は鶴見スカウトから、あいつが母親をかばって父親を半殺しにした事が原因で、学校をやめたと教えられていた。
無事に名前も取り戻せたと月島は笑うが、親のせいで借金取りに追われ偽名を使った人生を、こんなにさらりと普通は話せやしないだろう。

関東ゴールデンカムイに入団したのは2016年だった。
2016年の終盤、セカンドのポジションに空席が出来た。
当時セカンドだった選手が、メンタルをやられて戦線を離脱したからだった。
試合で、守備中に事故が起きた。
フライを追ったセカンドとライトの選手が衝突し、ライトが再起不能(実際はその後復帰するのだが)の大怪我を負った。
その選手は、2014年の日本シリーズでMVPを取ったチームの中心的存在だった。
セカンドは怪我こそなかったものの、夜昼も公私もひどい誹謗中傷を浴びせられ、激しく、悩まされたのだという。

月島は複雑な表情で、その事も語った。
申し訳ないがそれも自分には運が向いていたんだな、とその出来事を振り返った。
借金取りに追われて高校を中退しなければ、今の自分はいない。
地元チームでどこでも守ったあの日が無ければ、今の自分はいない。
不幸な事故で空いたポジションが無ければ、今の自分はいない。
米の酒が好きな男は、相変わらずちびちびと飲みながら、そんな言葉を呟いた。

オールドルーキーだった月島は、すぐにレギュラーポジションに定着した。
その玄人好みの職人ぽい守備はあっという間に評判となった。
食い扶持どうのこうのより、月島のプレイがNPBで通用するのを1年生、入学直後に見抜き、ここまで追いかけた鶴見スカウト・・今GMだが・・の目と執念は、さすがだと思った。

鶴見GMが月島に、一人でも多く野球を諦めずに済むようにしたい、そう言って話した大きな計画を、あいつは僕に明かした。
要約すると、世界中に鉄道を敷いて、世界の流通と野球をタイアップさせて仕切るのだ、というような話だった。
正直そんな事が出来るとは思えない、よくそんな壮大すぎる夢物語が出来るもんだ、と僕は思った。
だけど月島はそれを見てみたいなあと、割と本気な目をして教えてくれた。
GM的には、それはトップシークレットではなかったのか。
僕が鶴見GMから口止めされていた、ちよの事を明かしたから、月島も自分が持っている最大級の情報を、僕に与えてくれたのかも知れない。
ちよは離婚して、今、故郷(くに)に戻っている。
どうするかはお前次第だと伝えたら、誰に聞いても教えてくれなかった、と寂しげに俯いた。

そんな月島には、男性ファンが多い。
あいつの登場曲がかかると、オッサンたちがダミ声で、サビの歌詞をがなりたてる。
それは関カム応援の、定番のひとつとなっている。

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