さよなら美しきひと - 4/6

何もする気が起きないまま、落ち葉の季節が過ぎ、冬が来た。
寒くなったので、いつ先生が戻っても大丈夫なよういつも部屋を温かくし、食事もお風呂も用意した。
買い物に行くのは難儀で、雪かきはとても大変だった。

雪が融けて、わたしが一人で生活していたのを知った街の人たちが心配し始めた。
だけどわたしがここを離れたら、誰が戻った先生を迎えるのだろう。

先生にとって、人間とは何だったんだろうと、自問自答していた。

人間は、先生のやり方を「おかしい」と決めつけ傷つけて追い込み、穢らわしいものという烙印を押した。
自らの尺度で測れないものを排除し、認めようとしない。

わたしが先生についていくと言った時、まるで忠告するように近づいてきた人間の、いやらしい好奇の目をわたしは忘れてはいない。
心配するふりをしながら、陰でわたしのことを「変態」と笑うものがいたのを、私は知っている。

そんな人間とは、先生にとって忌み嫌うべき存在だったのだろうか。
自分と交わったものを、穢らわしいものとして始末しなければならないぐらい、自分もまたそんな「人間」の一人である事を、先生は許せなかったのだろうか。

(何故・・)
先生は、何故わたしを置いて、行ってしまったのだろう。

(抱いてくれたのに何故)
(行ってしまうのなら何故、わたしを殺めてくれなかったのですか)

先生にとってわたしは、やっぱり「穢らわしい」「人間側」の存在だったのだろうか。

(所詮)
温もりを確かめ合ったとしても、所詮人間は、先生の中にある「美しい世界」に同化できない存在なのか。
(ふぅちゃんは連れて行ったのに、わたしは置いて行かれてしまった)

そしてわたしは、自分も自然の一部になりたいと願うようになった。

生まれて初めて、斧を握った。
先生がいつもやってくれていた、薪を作るためだった。
畑も作った。食べ物を、街まで買いに行かなくても済むように。
わたしは、何をも排除するような厳しい面持ちで、他人を寄せ付けないような雰囲気を体いっぱいに醸し出しながら、ひとり暮らすようになった。

しかしそんな暮らしは、苦労の連続だった。
薪はほんの一握り作るだけでも何時間もかかり、先生の割ってくれたストックがどんどん無くなっていく心細さが募った。
それまで心地いいと思っていた、ささやかな風のざわめき一つに慄いた。
雨の音に紛れて何か怪しいものが近づいているのを想像し、寝つく事が難しい日も多くなった。

ある日、なんだか雨にしては荒々しい、叩きつけるような変な音がするなと思い外を見た。
それは窓に無数のバッタがぶつかってくる音だった。
ガラスが割られやしないか、裏口のボロボロの木扉を食い破られやしないかと、最初はただただ恐怖しかなかった。
だけど、外が暗くなるほどの大量の巨大バッタが、飛行していく迫力の光景にわたしはいつしか心を奪われ、目を見張っていた。

(すごい)(バッタってこんなふうに飛ぶの、こんな集団になるの)
(どこへ行くんだろう、何のために飛んで行くんだろう)

(すごい、これが自然の力なの)
(どこかで見ていますか先生、このたくましい、大自然の営みを)

きっと先生ならこの現象に目を輝かせ、まるで暴力的な大自然の美しさに、心から酔いしれていることだろう。
わたしは窓ガラスにべったりと張り付いた。
そして一匹一匹の顔が見えるほどバッタの大群を堪能し、この日見たものを絶対忘れないようにと、ノートにペンを走らせた。

先生が帰ってきたらきっと今日の、この時の話をしよう、観察した意見を述べ合って、そしてすごかったですねと、笑い合おうと思った。

(ほんとは、一緒に見たかった)

バッタが去った後外に出たら、苦労して作った畑は全て、だめになっていた。

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