また、輝くだろう - 2/2

月島が、式を挙げた。
6月の、ある月曜日の事だった。

対戦カードとカードの間、スケジュールでは移動日に当てられている。
ただでさえ交流戦のさなかで、慣れない球場間を行き来するのは難儀のはずだ。
忙しいな、と何気に言う僕に月島は「6月の花嫁は幸せになると言うので」とその理由を口にした。
「ちよ」を幸せにするためなら、どんなことでもしてやりたいのだろう。

この式の段取りで、僕はちよと地元で何度か会っていた。
月島の単身用アパートから、少し大きめのマンションへ引っ越す相談にものった。
ちよの笑顔は、輝きを取り戻した茶緑色の癖っ毛とともに、晴れやかに弾んでいた。

ちよと月島は高校の同級生だ。
出会いは入学早々だった。

ちよのその特徴的な髪は、今で言えばパラハラ全開の、最悪の教師の格好の餌食になった。
校門検査で速攻ちよを引っかけて、口答えをしたとかなんとかで高圧的に怒鳴りつけた。
そして不安に怯えるその髪を力任せに、人権なんか全くお構い無しにひっ掴んだ。
ちよはそのまま、指導室へ引き摺り込まれて行った。

そんなに怒るなら、最初から指導しとけばいい。
現にその髪で、ちよは入学式にも出席しているのだ。
あまりに理不尽とみんな分かっていても、引き戸の向こうで起きている暴力的な恐怖の前に生徒たちはただただ立ち竦むしかなかった。

だけどそこにすごい勢いで現れて、サイドキック一発でその引き戸を蹴破った生徒がいた。
二、三言やりとりが聞こえ、教師が喚く意味のわからない怒号が飛んだ。
そいつは怯むどころか、その100倍くらいでっかい声で一喝、教師を黙らせたのだ。

「毛染め・パーマは禁止だと、ここに書いてあるでしょうがぁ!」

床に叩きつけられた生徒手帳が、激しい破裂音を立てた。
それはまるで、銃声みたいに重い衝撃波を伴っていたという。

そんな事があった割には、その生徒・・月島の謹慎はわりとあっさり解け、野球部で僕たちは出会う。

月島はその時登校中で、校門で教師と女生徒がやり合っていると小耳に挟んだらしい。
「天然だろうが何だろうが関係ない、髪は黒く染めまっすぐに矯正して来い」
なんでも教師がそんな事を言ってると聞き、校則ではどうだっけとその場で生徒手帳を読み返したのだと言う。
学校に着いてみると、女生徒が「だって先生矯正だってパーマじゃないですか」と半べそで訴えているのが分かった。
その後のことは、あまり覚えていないと月島は笑って僕に教えてくれた。

月島がそんな事を話すのは、ちよが僕の幼馴染だからだ。
ちよは当然ながら早速月島に惚れ、はじめちゃんはじめちゃんと付き纏っていた。
小さい頃から僕のことなんか平気で呼び捨ててたくせに、突然「主将」と呼びはじめた。
それはもちろん月島が、僕の事をそう呼ぶからにすぎなかったけど。

月島とちよは、付き合っているという約束は無かった。
だけどお互いを見つめる目には信頼と優しさが滲んでいて、誰が見ても二人はお似合いのカップルだった。

月島は、学校を辞める事をちよにも言わなかったらしい。
ショックを受けるちよに僕は、言う余裕も無く急だったんだろうと、当てずっぽうだけど必死に慰めた。
後から聞けば実際そうだったんだが、そんなの僕もちよも、知る由もない。
月島にとって自分はその程度の存在だったのだと、ちよの心は、ボロボロになっていた。

ある日ちよが突然、髪を黒く染め、きついストレートパーマを当てた。
「髪は黒でまっすぐ」という理不尽な体質は、月島の騒動の後「どちらでもいい」「希望者が届出をすればそのままでもいい」という細則を産んでいて、ちよも届出をしていたはずだった。
「この髪ははじめちゃんに捧げた」とちよは、きついパーマで傷んだ毛先を弄びながら僕に言った。

だけど他にも理由はあったと思う。
月島がいなくなって、ちよの元には男たちが、絶え間なく言い寄ってくるようになった。
幼い頃から見てきた僕にはピンと来なかったが、ちよは確かに可愛い。
丸くて大きいその目は茶色く潤んでいて、くるくるうねる不思議な髪にしっくり馴染んでいた。
唇を小さくすぼめて黙っていれば、まるで高価なアンティークドールみたいだ。

ちよは、少しでも自分の姿を、目立たなくしたかったのだと思う。
高校を卒業し黒い髪のまま、地元で就職していた。
やがて取引先の御曹司に見そめられ、何も言わずに嫁いで行った。
地元で式は無く、ちよは呆気なく僕らの元を離れて行ったのだ。

僕は、ちよの結婚、その後地元に帰った話を鶴見さんから口止めされていた。
鶴見さんには内緒で、それを月島に教えた。
その鶴見さんもGMを辞め、今はどこでどうしているか分からない。
結果的に、月島を止める障害はもう、何も無い。

シーズンオフに、改めて披露宴を行うのだという。
今日は、本当に近しい間柄だけが集まったジューン・ブライドだ。
チームメイトは殆ど明日からの試合に備えて新幹線の中にいるはずで、参列していたのは鯉登内野手だけだった。
グラウンドに立つ時はいつも、寸分の隙も無い鋭い眼光で敵を見据えている。
その若武者は今、花で飾られた椅子に座って恋に恋する少年のような赤い頬をし、先輩の門出を祝っている。

「しゅしょお、ありがとう」
ちよの大きな瞳から溢れた涙が、朝露みたいに煌めきながらその長いまつげに丸く雫を作る。
ドレスに似合うよう長くしたという髪はのびのびと輝き、そのウェーブは初夏の日差しを時折、鈍いゴールドに反射した。

「もう、離すんじゃねえぞ」
我ながら、当たり前すぎてどうでもいい一言だ。
言われなくってもそうしますよ。と月島だって言いたかっただろう。

だけどあいつはいつものように穏やかに笑った。
そしてゆっくり頷きながら「分かりました、主将」と明瞭に、返答した。

送信中です

×