恋のオープニングゲーム - 1/2

「ああ、菊田は今年も二軍スタートかあ」
私を今日ここに連れてきた友達が、半分諦めたようにため息をつく。
菊田って誰だろう。全然聞いたことは無かった。

「杉元選手ってかっこいいよね」
それは彼女に漏らした、私のたった一言の、社交辞令から始まった。

 

他にもかっこいい選手が一杯居るんだよ。
見たらきっと好きになると思うよ。
推しが、見つかるかもしれないよ。
一緒に行こうよ、開幕戦。
お祭りみたいに盛り上がって、楽しいよ。

 

彼女は私に、ファンが一人でも増えると嬉しいんだと、熱っぽく語った。
そして応援団が配ってるという、小さな文字がみっちりと書き込まれたコピー紙を1枚くれた。
選手一人一人の、応援歌の歌詞が書かれているのだそうだ。

「あっ白石さんがいる」
「なーんだ知ってんじゃん。アンタもやっぱり、地元の子だねっ」

白石さんは野球以外で、地元の情報番組なんかによく出ている人だ。

「へえ、野球してるの見るのは、初めてかも知んない」
「白石好き?」
「いや、別に」

私が二つ返事すると、何かがツボに入ったのか、彼女はゲラッゲラ笑った。
そして自分で笑っておきながら何故か得意げに、まるで身内か友達みたいに彼を褒めた。

「アイツも一応かっこいいからさ、まあ見てやってよ」

今日の応援セット一式だよ、と大きなトートバッグに入ったグッズを色々渡してくれる。
重かったろうに、ありがたい。
早速ユニフォームを羽織れば、私も応援団に見えるだろうか。

思い思いの応援グッズに身を包んで、みんな目をキラキラと輝かせている。

やがて、相手チームのメンバーの名前が順番にアナウンスされる。
素人の私でも選手の名前を聞き取りやすい、凛として落ち着いた、素敵な声だった。

「キレイな声だねえ」
「だよね、あたしも大好きだよ。ホントきれいだよね」

そう囁いたそばから、その美声は伸びやかなハイトーンへと、くるりと表情を変えた。
そしてひときわ艷やかさを増したその声は、大歓声を一直線に突き抜けた。

「それでは関東ゴールデンカムイ」

「開幕戦、スターティングメンバーの
   発表でございまーーーーーーーーーーす!!」

透き通る声が高らかに響き渡り、選手たちの登場を華やかに煽る。
借りた応援バットをポコポコ打ちつけながら、私も応援団と一緒になって「ワーーーーー」と声をあげた。

不意に照明が、フッと落とされる。
するとあの大歓声がウソみたいに、止んだ。

グラウンド全体が、息を呑んでいるのがわかった。

私の心臓が
「トゥクン」
と音を立てた。

おしゃれな感じの洋楽が、少しずつボリュームをあげながら球場内に流れ始める。

1番。

ショート。

こいと
お・と・の・
しーーーーーーーーーん!

スタジアムには地響きのような、それは歓声だけじゃなかった。
それぞれの熱い思いが一斉に、一つの大きな塊になってグラウンドへ転げ出した瞬間だった。

一閃のスポットライトに浮かび上がった選手が一人、グラウンドの真ん中へゆっくりと駆けてくる。
長い脚で、背筋の通った美しい姿で、ゆっくりと、ゆっくりと駆けてくる。

ビジョンに、彼の顔が大きく映った。
褐色の肌に、涼しげな目元。
自信と気品に満ち溢れた、凛々しい微笑みの…

(トゥクントゥクントゥクントゥクン)

どうしよう、なんだか心臓の動きがおかしい。

(…王子様)

視線の持って行き場に困って、ビジョンに映る彼の顔から視線を背けた。
思わず友達に目が合った。
普段はクールな彼女が、火照るみたいに頬を赤く染めていた。

私はドギマギと、スタンド中を見回した。
スタジアム中の客席が、淡い紫色に染まって見えた。

「ねねね、なんでみんな紫になってんの」

私も紫になりたい、と瞬時に思った。
それは、本能に近かった。

気づけば彼女も、紫のタオルをちゃんと持っている。
そしてあっごめんごめん!とグッズ袋の中から、「7」と白抜きされた紫色のフェイスタオルを、押し付けるように手渡してくれた。
促されるまま、タオルを振った。

グラウンドの真ん中に、「こいとさん」が立つ。
無数のタオルに応えるように、彼は客席をぐるりと見回した。
そして軽く目を閉じ、真上に向かって一つ、高く高く、投げキッスを放った。

女子たちの悲鳴に似た歓声が、天井まで爆発した。
きっとあのキッスは空中で無数の星のかけらみたいに散らばって、女の子たちの上に落ちてきたんだ・・・

そんな風に考えていたら、友達がふざけ口調で苦笑いする。
「も、もう、シャクなんだよねぇ。悔しいけどアレが似合うからさぁ〜〜〜」

そう言いながら彼女も、熱い頬を扇ぐように手のひらをパタパタした。
私はうん、うんと何度もうなずいて、ズギュンと痛む胸を拳でギュッと抑えた。

やがて次々と選手が紹介され、一人、また一人と守備位置へついていゆく。
みんな、確かに素敵だった。
だけど私の目はもう、光に包まれたあの綺麗な顔立ちの人の、一挙手一投足を追ってしか、いなかった。

人心地ついた彼女は私に、電光掲示板に表示された選手名を、順番に説明してくれた。

だけどごめんね。

私、鯉登さんと、菊田さんって人のことしか、多分覚えてられないと思う。
ちゃんと聞いていたはずなんだけど。
ごめんね。

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