番外編01 ある日の球団事務所で
「お疲れ様です」
「お疲れ」
球団事務所の廊下。
すれ違いかけていた二人だったが、アリコは振り返り菊田に声をかけた。
「コーチ、お時間ありませんか」
「ないこたぁないよ」
ぶっきらぼうな様子で菊田が返す。
「よければ、コーヒーでもどうです。オレが奢りますよ」
穏やかに話すアリコに、菊田は
「んじゃお世話になるかな。今年からはお前の方が高給取りだ」
ちょっぴり笑って、応じた。
「あそこでお会いできて嬉しかったです。びっくりしたけど」
「びっくりしたのは俺の方だよ」
アリコの素直な態度に、菊田は余裕ありげな様子を努めた。
「ですよね」
屈託なくアリコは笑う。
「全然挨拶行ってなかったのか」
アリコはそれに返事をせず、自分の話をし始めた。
「・・・彼女の前では言えなかったけど、オレあん時、ほんとにマジで落ち込んじゃってて」
アリコは訥々と、言葉を繋げてゆく。
「もうどこにも居場所は、無いと思って」
「なんもかも放り(ほり)出して、北海道、帰っちゃおうかなって思ってたんです」
菊田はコーヒーに視線をを落としたまま、黙って聞いていた。
「でも・・偶々だったのかな。なんかで、菊田さん来てて」
「オレが練習に身ぃ入ってないの、見て分かったんですかね」
一息に話した後、アリコはいったんコーヒーを口に含んだ。そして
「『上手くなれよ。そしたら楽しくなる』って」
「覚えて・・・ないですか」
問いかけではなく、同意を求めるような、確認のような。そんな口調だった。
「・・・いや、悪い」
菊田は下げた目線で一言軽く詫びた後、顔を上げて
「全く」と言い切った。
「いいんです、そりゃそうですよね」
納得したようにアリコはまた笑った。
「だけど、おかげでここまでこれました。どうもありがとうございます」
アリコは一旦胸を張り、そこからしっかりした角度でお辞儀をした。
「何だよ。俺ってなんかかっこいいじゃねえか」
冗談まじりに菊田が応えると、
「かっこいいすよ」
アリコはニッコリ笑って、まともに返してよこした。
店を出て別れ、二人は右と左に歩き出す。
「オレは菊田コーチに色々教わりたいです。自分が二軍に行く気はないけど」
アリコは菊田の背中に向かって、ちょっと大きな声で呼びかけた。
「GMに言ってくれよ」
振り向かず、後ろ手にバイバイしながら菊田はその場を後にした。
そしてアリコの気配が消えるのを確認し、バイバイした手でそのまま、頭をボリボリ!と掻いた。
