* 2024年 4月 *
こんなもの持つ日が来るとは全くの予想外だった。
私が実際使うかどうかは、まだ分からない・・・
杢太郎さんは現役時代、キャンプ前の自主トレを、ハワイで行っていた。
最後に行ったのいつだっけ・・とか呟きながら、彼はパスポートを探した。
そして見つけ出したパスポートの自分の写真を見て、「若っえなぁ」と笑っていた。
パスポートの有効期限は失効していた。
申請ついでに、私の分も作ることになった。
彼が若いと笑った写真は今とおんなじヨコワケだ。
これもかっこいいけれど、謎の軽さがほんのりと漂っている。
今は、渋くて断然「いい男」。
どっちか選べと言われたら、私は100%現在を選ぶ。
3月最後の週末に藤次郎さんが、野菜や果物をたくさん持って遊びに来てくれた。
よく似た顔の男前兄弟が、仲睦まじく和やかに杯を交わす。眼福そのものだ。
私は高級イチゴを箱のまま抱え、機嫌良くモリモリと食べながら幸福感に浸っていた。
「にいちゃん、またのらぼう菜を宣伝してよ。今ちょうど時期だからさ」
「俺が宣伝したわけじゃねえんだけどな。ノラ坊と、週刊誌のおかげだろ」
「あの記事結構効果あったんだよね」
「全国から『杉元選手の野菜ありますか』って問い合わせがあったんだもん・・・」
嬉しそうに話す藤次郎さんが言う「記事」を、偶然私もよく覚えていた。
週刊ベースボールの片隅に掲載されたこぼれ話。
それは2015年、杉元くんが高校を卒業して関カムに入団した、その年の4月の記事だった。
♪♪♪♪♪♪♪♪♪
今年ものらぼう菜の季節です。
のらぼう菜は、菊田選手の故郷、埼玉の郷土野菜。
ほんのり甘くてほどよい歯応えが美味しい、関カム寮だけの春の味覚です。
たっぷりいただいたので、食堂の調理師さんが、たくさんかき揚げにしてくれました。
しかし事件は起きました。
みんなが楽しみにしていたそのかき揚げを、寮1年生の杉元選手が全部食べてしまったのです。
なんでも大皿に乗っていたので、それが1人前だと思ったそう(本気か?)
「お前の名前、今日からのらぼうな」
スポンサーなのに食べそびれた、菊田選手自らの命名ですよ。
ありがた〜く拝領するようにね、ノラ坊クン。
♪♪♪♪♪♪♪♪♪
・・・私もこの記事で、のらぼう菜を知った。
どんな美味しさなのか食べてみたくて仕方がなくて、忘れないようにと記事を切り取った。
切り抜きはずっと、今も、店の厨房冷蔵庫に貼り付いたままになっている。
藤次郎さんは農協の人。
地元野菜PR担当になった時、寮への野菜プレゼントを始めてくれた。
その頃、菊田選手はとうに退寮していた。
彼が現役を引退した今も、藤次郎さんはずっと変わらず寮に野菜を贈ってくれるのだ。
「そういえばね、「さいちルーム」に今年、『のらぼう菜メニュー』が入ったんでしょ」
「うん。そののらぼう菜、ウチの契約農家さんのやつだよ」
「さいちルーム?なんだそれ」
「杢太郎さんにはあんまり、関係ないもんね・・」
ある温泉ホテルで発売される、毎年3月1日限定「さいちルーム宿泊プラン」。
ペアで1泊2食付き、税込31,000円。
関カム仕様にデコられた、すんごいお部屋に泊まれるらしい。
何をおいても人気なのが、お土産にもらえる抱き枕だ。
杉元くんの凛々しいユニ姿が大きくプリントされていて、文字通りファン垂涎の非売品だ。
そのおかげか毎年この部屋は、募集と同時に一瞬で完売するという。
このプランは、関カムの親会社「株式会社エヌディーエース」が企画している。
エヌディーエースは、旅行会社だ。
最近は、グループ会社の交通機関と宿泊をセットにした、プチ旅行プランが人気だと聞いている。
郷土料理を訪ねる旅シリーズは、特に人気があるそうだ。
今は「春の桜鍋列車」だが、先月までやっていた「冬のあんこう鍋列車」も大人気だったと言う。
「毎週でもやってくれてもいいのになあ」
「3月だとのらぼう菜食べれるから、ちょうどいいよね」
「全部ウチの野菜でやってくれるなら、俺がプラン考えちゃう」
「うふふふ。それじゃさいちルームじゃなく、きくたルームじゃないの」
そっちでも売れそう、と笑い合う私たちを、「にいちゃん」が温かい微笑みで見守っている。
久しぶりに会ったんだし、色々話したいことがあるはずだよね。
私はそろそろ・・
「しぃ、先に休んでていいぞ」
思ってた矢先、杢太郎さんが私に優しく声掛けしてくれた。
「おねえちゃんおやすみ」
年上の藤次郎さんにこう呼ばれるのは、いまだにくすぐったい。
翌朝、二人が連れ立って部屋を出る時の会話を、何気なく聞いていた。
「藤次郎だっていつまでも同じ部署じゃねえだろ。そん時ゃ無理しなくていいからな」
「大丈夫だよ。もし俺が異動したとしても、引き継ぐようにしとくから」
「意外に力あるんだなあお前」
このまま仕事に出る杢太郎さんが笑いながら、さらっと一言流す。
「まあ、俺も来年日本にいねえかもしんねえし」
「えっ?」「えっ?」
藤次郎さんと私の反応を待つわけでもなく、彼は藤次郎さんを連れて「イッテキマース」とそそくさと部屋を出て行った。
「・・・・・ちょっと!杢太郎さん!!」
バタンと閉まる扉の向こうで、藤次郎さんの「にぃちゃん」と呼びかける声が小さく聞こえた。
二つの足音が、軽い駆け足の速さで遠ざかって行った。
(日本にいない・・って!?どういう事??)
異動そのものは、ちょっとだけ覚悟していた。
けど海外は、想定外よ・・・
帰宅した杢太郎さんに、大事なお話はありませんかと聞いてみる。
彼はソファにドスっと腰を下ろした。
「大事なお話・・ね」
足を大きく広げて、余裕ありげで少し威圧的に見えるポーズ。
「ずいぶん意味深に出かけて行ったのは、杢太郎さんの方じゃないかと思うの」
「杢太郎さん、私は怒って言ってるわけじゃないのよ」
「そんなに構えないで。ね」
私は彼を無駄に刺激しないよう気を付けて、いつもより少し距離をとってソファに座る。
「怒んないから、話してみよ」
彼がちょっと唇を尖らせる。
「それとも、話さないで置いとけるような事なの?」
・・こうなってくると、口を割るのは結構な苦労なのだ。
本当は言いたいんだ、ってことは分かってる。
言ってなんか文句を言われるのが、イヤなんだと思う・・
彼は外では、何でも知ってて経験豊富で、余裕たっぷりの大人の男性、だ。
なのに家だとたまに、まるで大人に諭されて面白くない子供みたいな、膨れっ面をして見せる。
むしろその顔が可愛くて、笑ってしまいそうになるんだけど。
「そうやって言って、私が今まで一度でも怒ったりしたこと、ある?」
彼はいや、ねえけど・・とブツブツ言いながら、彼はいきなりズバッと教えてくれた。
「俺、アメリカで仕事することになった」
「・・・じゃあ、もう決めちゃったのね。それで私に言いにくかったの」
彼は、大事なことほど一人で決めてしまう。
多少の覚悟はしていたけれど、異動先は思っていた以上に遠かった。
彼が私に話してくれた、新しい職務は「特命コーチ」。
関カムでは通常、外国人の指導を担当する役職だ。
今年関東ゴールデンカムイは、アメリカンベースボールを研究する「プロジェクトチーム」を立ち上げるのだそうだ。
杢太郎さんに与えられた仕事は、現地へ渡って「メジャー流コーチング技術を習得する事」。
一通り研修が済んだらまたいずれ、日本で指導に戻る予定との事だった。
ただその期間は今ところ未定、プロジェクト終了も数年後予定・・という、ざっくりしたものだった。
「東京とサンフランシスコで、何ヶ月か行って、ちょっと戻って。行ったり来たりになる」
「どっちかっていうと、初年度は現地滞在が多くなると聞かされている」
「こっちに戻っても、球団事務所に通う事になると思う」
あまりに急な事で、私も実感が伴わない。
彼が聞いてきた。
「・・・しぃは、どうする」
「どうするって・・・・え・・」
私は、どこへでもついて行きたい。行き来するならそれでもいい。
「弁当屋軌道に乗って来た、って喜んでたろ」
杢太郎さんが、私の仕事を気にする。
「私の事は・・・」
言いかけて、やめた。
年明けにイートインスペースを作った。
11:00〜14:00までの本当にお昼だけの営業なのに、少しだけ常連さんもついた。
店は、なんとかなりそうな手応えを感じ始めていた。
ここまで来られたのは、私一人の力ではない。
色々な人の力を借りてようやくやってきた。
父が亡くなって1年と少し経った頃、地元商店街が解散して長屋が取り壊された。
跡地は大型スーパーの建設予定地となり、今はそびえ立つ大きなフェンスの向こうだ。
住んでいた商店街のおじさんたちも、家族と共に殆どの人が引っ越して行った。
面影が消えていく街並みを眺めていると、新しい事を始めようとしているのに、なぜか一人この街に取り残されたような気がした。
だけど私が店を開け始めると、その元商店街の面々が、一人、また一人と少しづつ私を応援に来てくれた。
思い出を共有してくれる人達の存在はとても心強くて、ずいぶん勇気をもらった。
そして杢太郎さんにも。
始めたばかりの頃は全く商売にならなくて、何度も泣き言を聞いてもらった。
その度彼は自分だって忙しいのに、慰め、時にはアドバイスをくれたり、私のためにいっぱい時間を使ってくれた。
新メニューの相談も、二人だけの作戦会議って言って笑って、真剣に一緒に考えてくれた。
資金だってそうだ。
開業、廃棄処分品、ペイできなかった水道光熱費・・彼がせっかく稼いだお給料を、ずいぶん無駄にしてしまった。
売れ残ったご飯ばかり食べさせてしまった日が続いても、何も文句を言われなかった。
お弁当屋さんを始めて、まだ1年と4ヶ月。
彼について行くって事は、頑張ってきた積み重ねを放棄する、そういう意味にもなってしまう。
杢太郎さんはどう思っているんだろう。
でも、ここは私の意思の問題だよね・・
「ちょっと今、まとまんない。考えさせて」
「そうだよな。俺も4月いっぱいまでは、こっちですることあるから」
「・・・・私の事考えて言い出しにくかったのね。ありがと」
くすっと笑うと、彼は頭を掻き掻き私に背を向けた。
「・・・だけどあなたが教えて来た子たちは、どうなるの」
「それはもう、俺の仕事じゃないんだよ」
私の問いに小さくため息をついた後、彼は天井を見上げて
「後ひと月か・・ちょっと、急だったかな」
私より、杢太郎さんの方が切ないに決まってる。
彼を慕っているボーイズたちを置いていくんだから。
彼らも可哀想だ。
朝も晩も頭を突き合わせて一緒に汗を流しながら、自分たちの事をしっかり見て指導してくれるコーチが突然いなくなるなんて・・
「球団も酷なことするね」
「多分・・大丈夫だ」
「その辺は、何かフォローがあるんだろ」
一言一言区切りながら話す、彼のその口調。
自分自身をなんとか、納得させようとしてるようにも聞こえた。
「ところでさ・・しぃは・・」
「何?」
「尾形百之助と面識ある」
「うん。あるといえばある」
「・・向こうは忘れてるかもだけどね」
