EP.02  WANDERING TAIL - 1/2

6月。初夏の日差しが暑さを感じさせる季節がやってきた。
2時を過ぎたので店を閉め、私は店の窓の、日除け用のロールスクリーンをガチャガチャやっていた。

「ん~壊れたかとうとう・・・」
下げても下げても、ガラガラと音を立てながら上へ上がって行ってしまう。
ようやくなんとか下がったまま止まる角度を見つけた。
やれやれと思って帰ろうとする時に彼は、やって来た。

引き戸がガンガンガン、と素早く3回叩かれる。
「尾形です」と声が聞こえた。

(えーーーーーー?)
閉店は今の今だ。居るのは分かっているんだろう。
だけど、なんかあった?
尾形くんは杢太郎さんと一緒にアメリカへ行っているんじゃなくて?

そして、何故ここに来るの?
疑問符ばかりで、一瞬居留守を考えた。

けれど私は引き戸を開けた。
尾形くんは杢太郎さんの東京時代を知っている。
彼のことを知りたい、と考えてしまったからだった。
多分殆どは、私が知らなくてもいい事ばかりに決まってるはずなのに。

「この店、入り口に呼び鈴とかそういうの、付けないんですか」
薄く笑って尾形くんが言う。

「こっちには要らないかなと思って。家の方にはあるのよ」
私が厨房の奥、居間への通路に顔を向けながら返事する。

「空調も無いんですね、珍しい」

「ずっとここにいるわけじゃないからね・・」
さっき消したばかりの、扇風機のスイッチを押した。

「先日はどうも。心配症の旦那さんの乱入で、ゆっくりお話出来なかったですね」

「今日はどうしたの?何かあったんだっけ・・・?」

「いえ」
カウンターの小さな丸椅子にストンと座り、尾形くんは
「俺は、お嬢さんと昔話がしたかっただけなんですよ」
爽やかな笑顔でそう言い、器用に片足を自分の腿に乗せて足を組んだ。
現役を引退して随分経つのに、尾形くんの太腿は今でもガッチリと、締まっていて逞しい。

「尾形くんって今いくつになったの?」

「1月で29になりました」

「もうそんなになるんだねえ。どうしたかと思ってたのよ」

「商店街無くなったんですね。びっくりした」

「ちょっと前から構想はあったみたいよ。大きなスーパーが出来れば、色々便利になるからね」

尾形くんはこっちに、1年半ぐらいしか居なかった。
「昔話がしたい」なんて、若干違和感が残る。
私は自分で店に入れたくせに、ここまで軽く警戒心を感じながら彼と話していた。

「・・・おじさんたち、みんなどこ行っちゃったんですかね」

あら。
「・・・思い出して、来てくれたの?」
そういう気持ちは、お店やっていると本当に有難い瞬間なのだ。

「ええ。ここは」
カウンターに頬杖をつき、尾形くんは目線をどこか遠くに遣る。

「俺がプロ野球選手だったって証がある、数少ない場所の一つなんで」

しみじみとした口調だった。
ああ、そういう人もいたんだ・・正直嬉しさが、ふんわり沸いた。

うちはこんな場所で店を開きながら、選手達へはほとんど何も提供して来なかったのだ。
おじさん達の楽しみを守って、ここで毎日頑張る彼らの存在を半ば無視した、そんな店であった事は確かだった。

「・・・ありがとう、嬉しいわ。お腹空いてない?」

「俺あの時何食べたんだっけ。自分で注文しなくても」
頭を掌で撫でつけながら、尾形くんはくすっと笑った。

「おじさん達が、色々分けてくれたんですよね」

「多分、いつでもあるようなもんしか出してないと思うのよね・・」
私は適当に、うちに持って帰ろうとしていた惣菜を温めてカウンターに並べた。

「芋だ。いただきます」
尾形くんは煮っころがしをパクパクパクと平らげて、軽く空(くう)を見上げながら言った。
「・・・・変わってない」
「・・・・と言いたいとこだけど覚えてない」

私はケラケラと笑った。
尾形くんとまともに話したのは、この間でやっと二回目だ。
そういえば店やってる時って、私は初めて来るお客さんとだって、ぺちゃくちゃ喋っていたもんだ。
思い出も手伝い始め、時間の流れは少しずつ、楽しくなっていった。

そして尾形くんもまあ、あの時の事をよくつぶさに覚えている。
最初に飯食った方が酔わないとか、酒を飲む時は同じ分量の水を飲めって言われたとか。
ああ、それってここに来ていた誰々さんが言ったんだろうな、なんて・・
私もお客さん一人一人の事まで、懐かしく思い出せるのだった。

「いい味出してる店なのに、床だけ新しいよね」
汚い店ってはっきり言っていいのよ、と私が笑うと尾形くんもニンマリする。

「それねぇ、日本シリーズの時ここでビールかけしちゃったのよ」
「で、べコンベコンになって直したの」

「あの人が?」

「あ、ううんううん。当時はまーーったく無関係」

「へえ。どうなるか分かんないもんだね・・元々ファンか何かだったの」

「そうね、誰にも言った事無かったけど」
「ファンっていうか、見た目はちょっと、タイプだったかもね」
彼の話題が出ただけで、ポッと頬が熱くなる。
赤くなってないかしら、恥ずかしいな。

「今寂しいでしょ」

「うふふ。うん。かなり」

普通にしている分には、むしろ話しやすい。
おしゃべりが弾み始めると、警戒心が揺らぐ。
でもきっと、気をつけなきゃいけないんだ。
スキャンダルに仕向けたとか、杢太郎さんが言ってたじゃないの。

「そういえば尾形くん、覚えてる?あのさ・・」
言いかけた時、壊れたロールスクリーンがバタバタバタ!とおかしな音を立てて勝手に巻き上がって行った。
日差しが強烈に店内に差し込む。

私は厨房を出て、背伸びしてスクリーンの紐に手を伸ばした。
下げてみたが、案の定固定されやしない。
その内上がり切るとこまで上がってしまい、紐はもう私の手さえ届かない高さだ。

「やだもう・・そちこちガタが来ちゃって。中々手がまわんなくてね・・」

「無理しないで。俺やってみるから」
尾形くんは私の背後に立って難なくスクリーンを引っ張り下ろし、二、三度上げ下ろしを繰り返した。
「中の部品かな・・多分摩耗だと思う」
「この角度だと止まってるから、騙し騙し使ってその内修理に出したら」

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