EP.03-07 - 5/5

EP.07  心の居場所

2022年シーズンは、自転車でさっそうと出かけていく彼の、帽子を後前にかぶったカッコカワイイ後ろ姿を見送るという、人生最高の幸せを噛み締めるところから始まった。

杢太郎さんは絶好調で、毎朝早く出かけて行っては、帰って来ても色々書いたノートの内容を夜遅くまでパソコンに打ち込んでいたり、撮った動画を見たりしていた。
彼は私に先に休むよう言うけれど、一人でベッドに入っても寝付けない。
彼が作業を終えてベッドに入るのを確認し、その寝息を聞いて安心した後眠りにつくような、そんな事が多い日々だった。

一緒に暮らしていて、気になることが少しずつだけど、積み重なってきている。

このマンションは、彼の私物がとても少ない。

趣味だと聞いていたゴルフのセットも、コレクションしていたというモデルガンも、一体どこにあるのだろう。
選手時代はオシャレさんで名を馳せていた割には、スーツも数着。下着普段着に関しては必要最低限のものしか無い。
ここではないどこかに、置くところが、あるんだろうか。

そしてそのくせ、結構変なものはそっちこっちから出てくる。
お泊まり用洗面道具の中から、本人が買うとは思えない、可愛い花柄の手鏡。
彼と、彼のではないイニシャルの入った、ペアのリストバンド。

ベルトをかけたフックに、犬のお散歩用?リードがまぎれて掛かってた。
これは、私も知っている。
杢太郎さんは、有名女子アナと結婚秒読みと報道されていたのだ。
確か4〜5年前か、リハビリ療養中の話だ。
女子アナが住む高級住宅街で、長身の素敵なカップルが綺麗な犬を散歩させている写真は、たいそうな高画質でスクープされた。
店に集まったおじさんたちに、羨ましいだの年貢の納め時だのどうせふられるだのプロリハビラーだのと随分な言われ方をし、好き勝手な妄想推理のネタにされていた。
ただ件の写真があまりにもいい写りなので、とりあえずこれはアナ側のリークだな、菊田外堀埋められたな、という話で落ち着いたのだった。
何ヶ月かして「破局」と報じられ、その女子アナをTVで見る機会はめっきり減った。
何かの理由で干されたらしいが、ここでは菊田さげちんと笑われていた。
出会いから別れまでみんなに知られて大変だわねえ、と私もおじさんたちと笑ってたんだっけ。

ある日彼から、部屋からひとまとめに持ってきた筆記用具を整理しておいてと頼まれた。
古びたペンケースの中から、上品なかんざしがこんにちは。
気になって調べると、それは京都の老舗の製品だった。
インスタ映えするかんざしはお洒落な和風美人に大人気で、写真はたくさんアップされていた。
売り出し中のある女性華道家なんかは、杢太郎さんが今、普段使っているサングラスと共に温泉の湯煙の中で「ふたりのお気に入り(ハート)」とたいそう可愛らしく紹介してくれちゃってたりして。
記事は3年ほど前のもので、その後杢太郎さんの気配を匂わす投稿は、とりあえず見つからなかった。
だけど見つからないからと言って、「無い」とは、限らない。

彼は、郵便物の転送は新住所が割れるからしない、と言っていた。
車も、新しい駐車場を決めるまでディーラーに預けておくと。
色々と、用心深い人ではあるんだけれど・・。

「・・・詰めが、甘い」
どうしたものだろう。
何もできずに私はため息をつき、そっと元に戻しておいた。

なんとなく、彼とここで初めて過ごした日の事を思い出す。

マンションへ引っ越しを終えたある日、彼はうちの店に来て、父に
「親父さん、しぃちゃん借りるよ」と
さらっと言い残し、私を連れ出した。
ここで暮らすんだからここで買えるものを知りたい、などともっともらしい事を言う彼と、ホームセンターで申し訳程度に買い物をした。

この時私は・・というか二人とも、本当は、「あの続き」をする事しか頭に無かった。

彼の新居はこの辺の人なら誰でも知っている、駅と2軍球場の間ぐらいにある大きなマンションだった。
こんな目立つとこに入っていいんだろうかと悩むけれど、彼は足早に、私の手を取って駐車場のある裏口へ向かった。

部屋へ案内され、一人で暮らすにはずいぶんな広さだと思った。
家具は引っ越ししたてらしく必要最低限で、開封されていない段ボールがいくつか積んであった。
そして大きなベッドだけが一際、存在感を放っていた。

並んでベッドに腰かけると、静かな目で彼は私を見つめた。
自分の唇が充血していくのを感じる。何も付けたりしていないのにきっと、火照って赤く光っているだろう。
彼が少しざらついた親指の腹で、私の唇をなぞる。思わず少し唇を開くと、吸い付くように彼の唇が重なった。
そのまま倒れ込んだら、その後は、もう。

せめてシャワーをと要求した私を、そんなのいらねえよ、と彼は一蹴した。
絡み合いながら、お互いの服を忙しなく脱がせ合った。

まるで砂浜に打ち上げられた魚みたいに、私たちは我を忘れて体をくねらせ捩らせ、上になり下になりしながら、お互いの肌の質感を求めた。

彼は、最初から理性なんて手放しているかのようだった。
あっという間に十分にいきり立ち、私の腰を持ち上げて、両足を頭の方に押しやった。
私のその部分が、真昼の明るさの中で天井に向かって晒される。
彼は自分の指を舐め、その指で私を性急に推し広げた。
私も一刻も早く彼が欲しくて、はやる気のままに体を開いた。ただ余りの格好に羞恥心に身が震え、私は両手で自分の顔を覆った。
私の腰の横で、彼は足を柔らかいベッドにめり込ませて踏ん張っているようだった。
掌を顔からずらして彼を見上げる。
彼は天頂から垂直に、太くて長い自分の杭を打ち下ろそうとしていた。

体が軋んで壊れる音が聞こえそうなぐらい、キツい間に彼は自分を叩き込んできた。
次いで、体ごとベッドに打ち付けられるかと思うほどの衝撃的な痛みを感じる。
それでも、どうも彼は最後まで入っていない。

「き・・・きくたさん、ダメですっ、だめ」
違和感に耐えきれず、私は体を縮めて、震える声で伝えた。
私を押さえていた彼の手が、ピクッと反応したのが分かった。
「やめて無理・・・・これ以上やったら」
「死んじゃう」
懇願するように私が呟くと、彼の動きが止まる。
そのつもりでここまで来たのに。きっと怒らせた、と思った。

「あっ・・・・・・すまん!ごめん!」
彼はズボッと私の中から自分を引き抜き、私の足を伸ばさせて顔を覗き込んだ。
「痛かったか?痛かったよな?大丈夫か?」
彼の慌てぶりが意外すぎて、私は痛みを忘れて彼の心配そうな顔をぽかんと見返した。
「しくった〜・・・やっちゃった。ごめんな、つい」
「あ・・・・ううんううん。私こそ、ご、ごめん、ねぇ・・・」
「いいんだよしぃちゃんは。こういうのは、また今度な」

(やさしい・・・・・)
男の人ってこういうときは、自分の好き勝手にするもんだと思ってた。
彼は起き上がってベッドに座り直し、私を助け起こした。
その気遣いがとっても嬉しくて、私はとろん、と笑ってしまった。

私が笑うと、彼もニコーーーっと笑顔を返してくれた。
彼が戯けたように、胸を開いて両手を広げ、私に
「はい、おいで」と笑いかける。
まるで熟練キャッチャーが、投げるとこがなくて焦ってる新人ピッチャーに「どこでもいいからズドンと投げて来な」って励ましてるみたいだ、と思った。

「きくたさんっ」
(怒ってなかった)
私は彼の胸に、思いきり飛び込んだ。
ど真ん中の直球で間違いない、そんな確信とともに。

そして私は菊田さんの「しぃちゃん」から、杢太郎さんの「しぃ」になった。

温かいシャワーに打たれながら、とめどなく唇を交わし合った。

「・・・・・・やっと俺のものになった」
彼は私を、背中を丸めながらかたく抱きしめて、そう呟いた。
シャワーの音にかき消されるほどの小さな囁きは、私の耳元から背中へと甘く流れていった。

(いけない・・・こんなことしてたら)
私はと言えばとっくの昔に恋をして、メロメロになっているくせに

(本当に、愛しちゃう)
この期に及んでまだ、自分で自分にうそぶいていた。

そして、愛しちゃいけない人なんだという思いを、いまだ引き摺っている。

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