◎ ◎ 杉元くんの打ち明け話が始まる ◎ ◎
多分、菊田さんには前にもちょっと、話したことありますよね。
俺には、地元に幼なじみが二人いたんです。寅次と、梅ちゃん。
中学に上がった時、3人で一緒にできるスポーツ系の部活無いかな、って探したんですよ。
そしたら、野球部だけが女子マネージャーを募集してた。
高校も、近所にあった学校に3人して入った。そして同じように野球部に入ったんです。
甲子園なんか無縁の高校でしたけど、チームメイトもみんないい奴ばかりで、毎日楽しかった。
俺はピッチャーで4番でした。キャプテンもやってました。
梅ちゃんも寅次もいつまでも相変わらずで、俺はこのまま楽しい時が続くと思ってた。
だけど、知ってたんです。寅次が梅ちゃんのこと好きになってたのは。
だって、俺も梅ちゃん好きだったから。
可愛くて、優しくて、明るくて、働き者で、頭もいい。
そんな梅ちゃんのこと、好きにならない男なんていないですよ。
当の梅ちゃんは実際、中学・高校モテモテ だった。
ラブレターだって何通もらってたか分かんないです。
試合中だって、別の学校の男が梅ちゃんの写真撮りにくるくらいだったから。
俺たちは梅ちゃんのボディガード気取って、ずっとそばを離れなかった。
高3に上がる春休みに、梅ちゃんに聞かれたんです。卒業後の進路はどうするのって。
俺は梅ちゃんを好きだったけど、同じくらい寅次も好きだった。
地元に野球部のある会社があって、そこを目指そうと思うと二人に相談したら、すっごくイイねって、また3人で野球しようってなった。
うちの高校、普段は本当に大会とかには縁がないんです。
だけど俺がいた時はたまたまいいチームで、県大会準決勝まで行きました。
三振をたくさん取ったり、ホームラン打ったりすればみんな喜んでくれるじゃないですか。
なんか、俺それがすごく嬉しくて。
それで、いつの間にか野球する事自体が、好きになってたんです。
少しでも長くみんなの喜ぶ顔が見たい。そんな事を考えて野球してたと思います、そん時は。
俺たちが就職希望すると、会社は両手を上げて大歓迎してくれました。
俺、地元じゃちょっとしたヒーローでしたから、3人とも就職はあっさり内定した。
なのに、高校3年の9月、その会社が突然倒産したんです。俺たちの内定も取り消された。
俺は責任を感じました。
俺が言ったから、2人はこの会社を志望した。
俺は、また3人で入れる、野球もできるような会社を探したけど、全然見つかりませんでした。
で、ある日、寅次が俺に話してくれたんです。
結婚を前提に、梅ちゃんに交際を申し込むつもりなんだと。
寅次は、俺でも知ってるような有名な会社で、内定をもらってたんです。
就職するなら地元を離れなきゃならない。
梅ちゃんを、連れて行きたいと。
俺に、そう、教えてくれたんです。
寅次は、梅ちゃんと別れ別れになるかもしれないと思って、告白する決心がついたと言ってました。
それで、告白するためには、ちゃんとした就職を見つけなきゃダメだって思ったんだって・・・
でも俺、梅ちゃんは行かないと思ってた。
だって梅ちゃんは・・高1の時俺のこと、好きだって言ってくれてたんです。
野球してる佐一ちゃん大好き、佐一ちゃんが活躍してるの見ると嬉しくなるって。
その時の花みたいに綺麗な笑顔、忘れられないですよ。
俺は寅次にその事を言えずにいました。
3人の関係を変えたくなかったから。
ありがとうで終わらせてて、でも。
高校卒業する時に改めて、梅ちゃんに付き合ってくださいって言おうと思ってたんです。
梅ちゃんは、寅次の申し出を受けました。
私のこと考えてくれてありがとう嬉しいって、泣いていた。
その時初めて、俺は寅次に負けたんだって分かりました。
寅次は、まず梅ちゃんの幸せを1番に想う男だった。
何もかも失ったような気持ちでいました。
梅ちゃんがいなきゃ、野球をする意味も無い。
俺は、梅ちゃんの喜ぶ顔が見たくて頑張っていたんだな、と思い知らされました。
もう進路も考える気が起きなくて、ウダウダしてた。
そしたら、関カムの球団事務所から、電話が来たんです。
俺に、プロ志望届を出す気は無いかっていう話でした。
元々就職する気だったから、まさか自分がプロなんて、考えた事も無かった。
俺はなんとなく、プロ志望届を出しました。
それでもまだ、プロ野球なんて頭になかった。
関東ゴールデンカムイはその年すごく強くて、俺はテレビでぼんやり日本シリーズを見てた。
勝ったら日本一って試合だったけど。
俺はすみません、そんな感じであの試合見てたんですよ。
本人目の前にして話しにくいけど、試合決まった瞬間は瞬きできなかったです。
すごすぎて。
野球選手って、一振りでこんなにたくさんの人たちを喜ばす事ができるんだと思いました。
球場中が喜びで渦巻いてました。菊田さんは、その喜びの渦を全身で受けて堂々としてた。
もしプロに入ったら、俺はそっち側の人間になるんだな、と思った。
そしたらなんか震えて来たんです。梅ちゃんが俺を見るかどうか分かんないけど。
こんだけ人に喜んでもらえる仕事って、他に無いんじゃないのかな、って思ったんです。
ほぼ無名の俺を、指名するチームなんてありません。
なのに関カムは俺を、ドラフト3位なんて高い順位で、指名してくれました。
菊田さん、メジャーって、そんなにすごいのかな。してる事は、同じですよね。
どうしたんですか、そんな顔して?
俺がどこどこと協議に入ったとか、海外FA使わないでポスティング希望すんじゃないかとか。
どうしてマスコミって、たまにそうやって、憶測の記事を書くんだろう。
正しい事だけ報道してくれればいいのに。
でも思ったりはするんですよ。
俺がメジャーリーガーになったら、梅ちゃんは俺のこと自慢の幼馴染みだって、隣近所に自慢してくれるかなあ。
梅ちゃん、この人に告白したなあとかって、思い出したりしてくれないかなあって。
もしかしたらメジャーリーガーのお嫁さんだったかもしれないなあ、とか・・・
・・・えっ、何かそんなに怒ります?
昔のそういう思い出とか、あるかなあって思っただけじゃないですか!
梅ちゃん舐めてんじゃねえとか、なんですかそれ!?
*************
これからは、男の子同士の長い夜話タイムかもね・・
私はこの辺で一旦席をはずそうと思い、厨房を片付けた。
奥へ向かおうとする私を、杢太郎さんが呼び止める。
「しぃ、居てくれよ」
「一緒に話そ」
優しい声で誘われて、ふわんと頬が熱くなる。
私はちょっと嬉しい顔で、ウン、と頷いた。
「仲いいんですね・・」
感心する杉元くんに、彼は大人の余裕を湛え、静かに低く響く声で答える。
「悪くはねえな」
「お夜食の用意しましょうね。そうめんでも」
「ありがとう」
私たちの何気ない会話を聞きながら
「俺にも見つかんのかなあ・・・」
杉元くんはため息がちに伸びをした。
「ところでお前、梅ちゃんと寅次ってその後どうなったのよ」
「どこでどうしてんのよ」
「・・・・年賀状だけ来ます、実家にだけど」
「今は、親子3人の写真で」
「ああ、幸せにやってんのか」
「・・・・・ハイ」
「良かったな。何よりじゃねえか」
「・・・・・」
「なんでそこ返事しねえんだよ」
「・・・あっいえ・・・ハイ」
「・・・・お前、梅ちゃん幸せなのが気に入らねえのかよ」
「違いますよ!そんな・・・・う・・梅ちゃんは・・・・」
「お前さ、口では分かった風に言ってっけど」
「認めたくねえみたいだな」
「自分は寅次に負けたって事実を、真正面から受け止めるのが怖いんじゃねえのか」
杢太郎さんが、杉元くんの肩を組み寄せて、耳元に低く問いかける。
「お前、二人に「おめでとう」って」
「「末長くお幸せに」って」
「ちゃんと言ってあるのかよ」
杉元くんは彼に肩を組まれ縮こまっていた。そして震え声で一言
「言いました、それは言いました」
と、小さく、呟いた。
「だから俺、もう、あいつらのことはもう大丈夫なんです」
「だったらなんでもっと素直に祝福してやれねえんだ」
そう言いながら杢太郎さんは杉元くんを解放した。
「・・・まあ、お前の気持ちはお前にしか分からねえが」
「負け認めねえと、次の勝負できねえぞ」
黙り込む杉元くんに、杢太郎さんの声には少し怒気が混じった。
「それとも何だ?そんな年賀状見てまだ、梅ちゃんは幸せじゃないかも、とか思ってんのか?」
「も、杢太郎さん、もうやめてあげて」
たまらず私が声を上げる。
杉元くんが、杢太郎さんから顔を背けるように俯く。
その顔を杢太郎さんは、ほっぺたを掌で掴んで自分に向けさせた。
「梅ちゃんは大企業に勤める男と、妥協して結婚したって言いてえのか?」
「梅ちゃんが、自分と野球する道より」
「寅次が用意した、安定した道選ぶような女だとか思ってんのか?」
「・・・そんなんじゃないです」
「そんなんじゃない・・」
少し、潤んだ声に聞こえる・・
「・・だろ?」
「お前には分かってんだろ?寅次って男が」
「梅ちゃんが選んだ寅次が、どんだけ、いいやつなのか」
難儀なやっちゃ、とちょっぴり呆れたように杢太郎さんは呟く。
「それなのにお前、今でも諦めきれてねえんだな・・・」
そして杉元くんの顔から手を離し、ニッコリ笑ってまた肩を組んだ。
「未練・・あんのかな。俺」
「自分じゃ吹っ切れてると・・思ってるんだけど」
「ああ。まだ引き出しにしまうにゃ早えみたいだな」
「なんすか、それ・・」
「男はな、惚れた女のファイルを一人分ずつ、心ん中に持っている」
「思い出に変わったら、引き出しにしまうんだ」
「たまに思い出して、引き出し開けて見てみるのもいいさ」
「だけどお前は梅ちゃんのファイルをまだ机の上に置いて、しまいも出来ずに居るんだろ」
杢太郎さんが、自分の胸に手を当てて杉元くんに目配せし、ゆっくりと話す。
最初少しポカンとしていた杉元くんは、やがて神妙な面持ちで、体をじっと固めて耳を傾けた。
「そりゃ、何人ものファイル机に出しっぱで生きてる男だっているだろうけど」
「できる男の机の上は、いつもキレイだよ」
「お前はどっちでいたい?」
「俺は・・・机の上はキレイに・・してたいです」
そうか、と杢太郎さんはうなずいた。
彼の表情が、人生の先輩風から、コーチのそれに変わる。
「だったら、寅次の勝利を素直に認めて」
「負けた理由を考える事に時間を使え」
「それが、プロになった、今のお前に出来ることだ」
「寅次にゃなれなかった、プロ野球の選手である、お前だけにな」
「理由が分かったら、それを書き加えて梅ちゃんのファイルはしまえ」
「同じ失敗は二度としないようにすることだ」
「き・・菊田さんも机の上はキレイだったんすか」
「は」
杢太郎さんが素っ頓狂に反応すると絶妙のタイミングで、沸かしていたお湯がボコボコと音をたてて沸騰し始めた。
一瞬彼らの会話が掻き消され、私はガス台へ急いだ。
そうめんを入れると、沸騰音は一旦小さくなった。
茹で上がるまでには、ほんの2〜3分だろうか。
水で洗って、氷を敷いたお皿に盛り付けカウンターに戻った時、杢太郎さんはこちらに背を向けていた。
指鉄砲の人差し指を杉元くんに向かってブンブン振りかざし、ちょっと焦り気味な声で力説しているところだった。
「お前なぁ、俺がたった、たった一人のひと見つけるのにさ」
「どんっっっ〜〜〜〜〜・・・・・・」
「・・・・・っだけ、苦労してここまで来たか、分かって言ってんのかよ?」
「同じ失敗はするなってっつたけどさ」
「こういうのはさ、ホント早い者勝ちなんだから」
「この人だ、って思ったらな?」
「そん時ゃすかさず、掻っ攫えよ」
「話はまず、それからなんだよ」
早口でまくし立てる杢太郎さんに、杉元くんは破顔一笑で応える。
「ハイッ」
そして杉元くんは、杢太郎さんの肩越しに、ニカっと悪戯な美形笑顔でカウンターの私に向かって叫んできた。
「そういう事なんですってさ、しぃちゃんさん!」
私はといえば・・・・赤面してその場に立ち尽くし、杢太郎さんの背中を見つめていたわけで・・。
私の視線に気がついた杢太郎さんは、一瞬青くなって、そして赤くなった。
「へへへ。これで完封負けは免れたかな」
と茶化す杉元くんに、真っ赤になった杢太郎さんはこのクソガキ、とヘッドロックをかけていた。
