EP.07 「コールマイン」 in 渋谷 - 1/2

<< 渋谷の小さなバーで 男の一人語りが始まっている >>

父親は堅物だったと聞いています。
大学生協でアルバイトを始めたばかりの女と、入学したての男。
仲良くなるのに時間はそうかからなかった。
母が自分で、そう言ってました。

父親の家は代々政治屋なんだそうです。
一族郎党みんな文武両道を地で行くエリートばかりで、父親もその道を確約されてた。
多分母親の存在は、石ころ程度にも思ってなかったんじゃないのかなあ。
特定の学歴が無いと、人を人とも思わない下品な奴らでした。

父は学生時分から、実家の色んな手伝いに疲れると母のところにやってきた。
一人暮らしの母の部屋は、父の隠れ家だったらしい。
そんなことしてる内に、暮らしを共にする仲になったそうです。

父方の祖父はまあお偉い方だそうで、息子の結婚を当然政略に使うつもりだった。
子供心にイヤなじじいでした。偏見の塊で、それを隠しもしない。
その息子が 妊娠させたのは、じじいには百害あって一利なしの女。
始末、強く迫られたんじゃないですかね。
とりあえず、俺は、生まれました。

俺がまだ小学校に上がる前くらいです。
父は所属の大学院から、なかなか帰ってこなくなった。
父が大泣きしながら土下座してたのを、覚えています。
父は俺たちを捨てて、別の女のもとへ行きました。

あんなに仲が良かった両親がどうしてそうなったのか、俺は知りません。
あんな人はくれてやった、と母は俺の前では笑うんです。
ある日、父親の親類筋がやってきて母を嘲笑した。
あいつをたぶらかして上手いことやったつもりだろうが、無学で、出自も分からないような怪しい女に、あの家の嫁なんか到底務まらない。
その子供だってどうせ、たいした事ないに決まっていると。

母は無抵抗に、奴らに泣いて謝っていた。自分は何も悪くないのに。
母は俺を抱きしめて「ごめんね」って言うんです。
何に謝られているのか、俺なりに考えました。
母は、自分と「俺」とを、嘲笑されていた。
それで、自分はともかく、俺を庇わなかった事。
たいした事ない、って言われたのを否定しなかったのを、謝っているんだと思った。

俺がたいした事ない子供だったら、それは奴らに言わせれば「母の出来が悪かったから」って事になってしまう。
母を嘲笑った奴らの方が、正しかった事になる。
俺は、父以上のエリートになろうと思いました。
奴らの一族の誰よりも優秀なら、学の無い母の方が凄かったんだという証明になる。
奴らの拘るものなんか無意味なんだと、証明出来ます。

養育費は、きちんともらってたのかな。
教材は好きなだけ買ってくれたし、野球の道具もいいのを与えてくれた。
練習の日には率先して応援に来て、保護者会にも積極的に参加していた。
でもね、ビックリですよ。
母がね、ある日突然。俺が中二の時です。
チームの、コーチとできちゃって。家を出てったんです。
相手は妻子があった。駆け落ちです。
ごめんねって書いた手紙と、通帳と印鑑を置いて。
一人で置き去りにされたら、俺のばあちゃんっていう人が迎えに来た。
そっち頼って転校しました。

仲良さそうに見えたって、そんなのは儚いもんです。
「愛」は、徒に人を酔わせてその気にさせる。
現実は、男は感情のままにおっ立たせ、女は欲望のままに腰を振る。
そうやって生まれてくるのが人間です。
だから、生まれてくる人間、みんなそうです。
結果、人間っていうのはもうみんな、みんなみんなそうなんです。

元々愛とか言ってるものは、ただその瞬間の、一瞬の気持ちの昂りでしかない。

だからまた昂ったら抗えないで、あっさり、壊れたりもするじゃないですか。
その後がどうなろうと知ったことじゃない。
それぐらい昂ぶったら、「愛」だとか思ってたものなんて簡単にブッ飛ぶんでしょ。

だからあんまり意味ないんですよ。
永遠とか、そういうのって。
どうせ、破られるんだから。
そんなもの、そもそも無いと一緒でしょ。
幻想に、酔わされているだけなんですよ。

T大入って野球を再開したのは、特別な意味はありません。
健康作りかな。ただ、それだけです。

もういいですか。俺の身の上話は。

入団の後は、知っての通りです。
GMと約束した通り、俺は2年で引退して裏方へ回りました。

仕事はキライじゃないですよ。
最初は俺みたいなペーペーの出す資料なんて、誰も信用しなかった。
だって数字のデータ集計なんてのは、誰がやっても最後は一緒ですからね。
データに裏付けられる流れを見極めて、チームにどう伝え、活かすのか。
スコアラーってのは、そこまで考える仕事です。
他のチームのスコアラーもそうなのかどうかは、知りませんけど。

現場での調査と状況の変化。
その中でも変わらないものは何なのか。
相手チームのちょっとしたクセや傾向も、徹底的に観察します。
今こいつなに考えてんのかなって、最後そういうとこが効いてくるんですよ。
情報が最新だとか数字が正しいとかは、そんなものは大前提でね。
事の本質を見透かすような結果を出すには、誰よりも野球と、相手を、知ってないとダメなんです。

ビジホのせまい部屋で、カップ麺すすりながらノーパソ叩く生活も、早いもんで6年過ぎた。
遅く帰ってテレビ点けると、昔の同僚の活躍を、目にするわけです。
「打たれたら自分で取り返しに行く二刀流、不死身の杉元」とか。
「絶対に被弾しない奇跡のクローザー、ユウサク」とか。
満員の観客から称賛されて、ヒーローインタビュー受けてるとことかね。
プロ野球選手になれるのは、年間100人もいないでしょ。
あいつらはその中から更に選ばれた、そういう奴らなんですよね。

ファンの喝采浴びた経験は、俺には一度もありません。
当時サードは固定してなくて、誰にでもレギュラーを取れるチャンスがあった。

もし選手を続けていたら、両親にさえ捨てられた俺にも、祝福される瞬間があったのかなあ。
なんてね。
いえ、思っただけ、ですよ。

ねえ前山さん。
3年で引退したあなたになら、ちょっとはその辺の気分、分かってもらえますか。

えっ、俺がえらいって。どこがですか。
T大も野球も、俺にとっては特別な意味ないって言ったでしょ。

真面目・・ですか・・言われた事無いなあそんなの。
初めて言われた。
高校・・大学入ってからも、割と適当だったし。
今も、合間合間で結構遊んでいるんですよ。
この店だって、東京来てからお世話になりっぱなしじゃないですか。

俺にお世辞言っても、何も出て来やしませんよ。

俺が本当に、真面目でえらい子に見えますか?
本当にそう見えるって言うんなら、前山さん。
それはね、あなたが、いい人だからですよ。
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2024年11月下旬

「ホントに尾形ちゃんは何でもできるよねえ」
離れた個室にお試しに置いたラジオの音が、手元のスピーカーから聞こえてきます。

「よく言われます」
そう言って彼は、口をニッと結んで笑いました。

ここは渋谷のバー。
店の名は「コールマイン」。

僕は今、ツヤツヤの黒服に身を包んで毎晩お客様のお相手をさせていただいてる身です。
だけど実は昔プロ野球選手だったんです。
たった3年ですけれどね。
僕だって、小学生の時はエースで4番だったんですよ。
だから野球が好きだったし、自信もありました。
だけどプロ野球選手って、全国からそんな子供が、当たり前に集まってくるんですよね。
日本全国からトップクラスが集まる世界で、入団後はもう、僕は全然勝負にならなかったなあ。
早めに見切りをつけて、正解だったと思います。

ここにいる尾形ちゃんは、僕より短い2年で、選手生命を終えました。
でも尾形ちゃんは、僕とは違ってチームスタッフとして球団に残留。

何故かここには、仕事をしにやってきます。
最初はなんか、夜の情報でも嗅ぎ回ってると思ってた。
けれどいつも、パソコンとにらめっこ。
デスクワークなら家でもできると思うけど、こういう場所の方が捗るんだって。

呑まない人がスペースだけ占拠するのやめてよ、って言ってやった。
そしたら、なんか店の設備を見てくれるようになりました。

この間、個室についている防犯カメラに音声を付けたい、って相談したんです。
電話でちょっと話しただけなのに、今日突然機材を買って、わざわざ来てくれました。

「ありがとう。なんかすごいなあ。ここまで中の様子が、ハッキリ分かるとは思わなかった」

「だけど前山さん、俺電機屋じゃないからね」
「情報機器ならちょっとは分かる、ってだけで」
尾形ちゃんはいつもの「いい子いい子」でうそぶいた。

「いい子いい子」とは、僕が勝手に名前をつけて、誰にも言ってない彼のクセです。
尾形ちゃんは誰かに褒めて欲しい時、自分で自分の頭を撫で撫でするんだよね。

「今年居なかったから、頼みたいことが色々溜まっちゃったよ。来年はどうなの」
僕が何気なく聞くと、尾形ちゃんは珍しく大笑いしはじめました。

僕はそんなに、笑えるような事を聞いたかなあ?
尾形ちゃんのツボは相変わらず、よく分からないよ。

「・・・・・・明日」
笑い終わった尾形ちゃんが、含み笑いを残して僕に言います。

「明日、杉元がFA権行使するんだって」
「まだ正式発表前だけど。明日記者会見するってさ」

僕は、えっ?て声が出るくらい、ビックリしました。
あの仲間大好き甘えんぼが、FA権行使なんて随分思い切った行動じゃないの。

「でも杉元クンって、FA権取れなかったんじゃなかったっけ?」

「ああ、それは海外の方で」
「国内の方は、去年取り終わって放置。そのまま未使用で、残ってた」
尾形ちゃんが得意げに説明してくれます。

「って事は、海外じゃなく、国内移籍を目指すのかい?」
「今年惨憺たる成績だったもんねぇ。このまま関カムと年棒交渉したら、きっと爆下げ提示が来る」
「だったら、他の球団の評価を聞いていい条件のとこに移籍する方がマシだ、って魂胆かな?」

「前山さん、違う、違う」
尾形ちゃんは、わかってないなあという風に、両手を横に広げて肩をすくめる。
そして鼻の穴を広げ、プフッと笑って言いました。

「杉元は、権利を行使した上で、「関カムと再契約」しようとしてる」
「誰にも何も話さないで今日、行使の申請書類提出するって言って」
「突然能天気に、事務所にやって来た」

「そんなのGMがよく許したねえ」

「許すも何も、もう「自分を関カムに残してほしい」の一点張りです」

「そんなんありなの?」

「あの野郎、先にマスコミにリークしましてね」

「じゃ、会見の前に記事になるの」

「ネットニュースじゃもう出てんじゃないすかね」

僕はスマホを見てみます。
「ホントだ出てる。『明日会見』って・・憶測飛び交っちゃってるよ、今」

尾形ちゃんはまるで他人事のように、
「杉元的には、他球団の交渉は一切受けない」
「どんな条件でも関カムなら全て呑むから、それでもチームから動きたくない・・」
「その計画が他球団にバレたら、うちとも交渉しろとか言う球団が出てきてややこしくなる」
「だから申請もギリまで待った、みたいな」
「最後にゃ、麗しい話に納めるみたい」

分かるような、分からないような?
その辺の詳しくは、明日の会見を見てみるとして・・・。

「じゃあさ尾形ちゃん、今回のプロジェクト?って、どうなったの?」

「ああ、あの人どんな仕事してんだ全く」
尾形ちゃんが忌々しげに眉を顰め、小バカにするような態度で首を二度三度、横に振ります。
「杉元に真逆の考え植えつけてどうする」

「菊田くんかい。アメリカまで行って、洗脳できなかったんだね」

「自分だけ失敗するならいいですよ。でもこれでプロジェクト全体がおじゃんだ」
「俺の努力だって、みんな水の泡、宇宙の塵」
尾形ちゃんはヤレヤレ、という風にどっと椅子に身を任せました。

「でも次、4年経つまで次の権利は発生しないよ。その間にポスティングさせればいいじゃない」

「今年がね、勝負だったんですよ」
「・・・GMの企みも、もうバレかかってる」
「本来『特命プロジェクト』そのものには、裏とか表とか無いんです」

えっ。尾形ちゃん、なんだか話しが違うぞ。

「特命プロジェクトは、関カムとしてメジャー流の野球を取り入れるための研修・・」

「うん、それが表向きだって言ってたじゃない?んでもって裏が・・」
途中まで言いかけた僕を、尾形ちゃんが遮ります。

「元々無いんですよ、球団には、裏なんて」
尾形ちゃんがふっ、と、訳ありげに笑います。
そしてまるで種明かしでもするかのように、得意げな表情を浮かべました。
「裏でご自分のとある理想を実現しようとして、その研修に乗っかってたのが・・」
「他ならぬ、GMその御本人だったってこと」

「ん〜〜〜〜〜っ?それって・・・」
僕は思わず素っ頓狂な声をあげていました。
「裏ミッションは、まさかGMの個人的な理由?」
「球団を利用してたってこと?」

GMの決める事は、チームにとっては絶対なんです。
それは全て、勝つ為。
最強のチームを作る為。
応援してくれる、お客様たち全ての為・・・

・・・そう信じて、みんな頑張るのです。
チームを私的に利用するなんて、あってはならない事なのに。

尾形ちゃんはそれを、僕に平然とバラしてきました。
「実現すればグループを上げてチームを強くできたんですから、結果はオーライ・・」
「・・・のはずだった」

「だからせめて今年中に杉元に、『いずれメジャーを目指したい』みたいに一言言わせとくだけでも」
「できれば、マシだったのに。もう、あんなんじゃ、ね」

諦めたように、尾形くんが眉を潜めて笑います。
「多分来年は無いし、GMは交代だろう」

尾形ちゃんと菊田くんは、そんな手伝いをしてたのか・・
呆然とする僕を尻目に、尾形ちゃんはあくびをして気怠そうに伸びをしました。
「俺もトンズラしようかな」

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