EP.07 「コールマイン」 in 渋谷 - 2/2

「個人的な理由って一体な・・」
僕が尾形ちゃんに問いかけかかったその時、店に来客を告げるドアベルが鳴りました。
「・・・あれ。うっわ。久しぶりだねえ」

丁度菊田くんの話をしてたから、背筋が震えるくらいギョッとしました。
だけど態度には出しません。

「あらマスター分かるんだね。当然か、覚えてるよねあたしのコト」
若干不遜っぽく喋るその態度は、昔のまんまです。

最後に来たのは、5年か6年前。
別れ話の末、ここで破壊行為を伴った大喧嘩をした。
いや・・・暴れていたのは彼女だけでした。
相手の菊田くんは、ひたすら防戦一方だったもんね。

黙っていればキュートな瞳の、小柄なカワイイ女のコです。
「分かるよ〜〜当たり前でしょう・・」
むしろ忘れるわけないでしょう、と思いながら、僕は歓迎の意を表しました。
「元気だったのかい?すごい活躍だね。今はあっちに住んでるんだよね?」

「ありがと。ひさかたぶりに会う人にはさ、雰囲気変わって分かんない、ってよく言われるんだ」
今は、すごいメイクと派手な衣装で世界を股にかけて活躍してるからね。
それと比べれば今日のカジュアルな格好は、ここの常連だった頃とあまり変わらない。

「よう。よく逃げずに来たな」

どうしてあたしが逃げるのよと小さく呟いた後、彼女が尾形ちゃんにボソッと言います。
「あんたの為に随分手回ししてやったけど残念だったね」
「でも報酬はもらうよ」

僕は、店の奥に尾形ちゃんを呼んで聞きました。
「尾形ちゃんとあの子、知り合いだったっけ?」

「いえ、今回の件で知り合った」
「ああいう似非ジャパニーズみたいのは、海外の方が受けるでしょ」
「彼女日本より、向こうの方が顔効くんですよ」
ちょっぴり意地悪に、皮肉っぽく尾形ちゃんが笑います。

ここにいた頃、不思議な生花(いけばな)作品で、独り立ちしようとしていた彼女。
その努力は文字通り開花して、今は世界で活躍する生花作家まで、登りつめた子なんです。

「尾形ちゃんの仕事に一役買ってくれたのかい」
声をひそめてそっと聞く僕に、尾形ちゃんは
「まあそんなところです」
と、下目がちの笑顔を見せました。

彼女の本名を、僕は知りません。
ここでは「生花のイケちゃん」って、適当なあだ名で呼ばれてた。

「ねえ、コソコソしないでよ。気分悪い!」
多分プリプリと、ほっぺを膨らませているんだろうなあ。

「そんな言い方も変わんないねえ、プリ姫様」
僕は笑ってグラスを用意しながら、カウンターへ戻りました。

マスターあれ無いの?と凄まれた僕が差し出したのは思い出のグラス・・
正確に言うと、それと同じ形のものだけど、受け取るなり彼女はキラキラと表情を変えた。
あっという間に満面の笑顔が広がり、子供のような嬌声が店に響きます。

「モク待っててね、やっと会えるねっ」
「もっと早く迎えに来れば良かったな〜」
グラスを回すと、軽やかに氷の音が響きます。
彼女はいつまでも楽しそうに、延々その音を立てながら一人、はしゃいでいました。

「尾形ちゃん、あの子大丈夫なの」
結局タップリ呑んで上機嫌で渋谷の夜に消えて行く彼女を見送った後、尾形ちゃんに尋ねます。

「・・・前山さん流石だね、渋谷のど真ん中で店潰さずやってんの、伊達じゃない」
尾形ちゃんは、グラスを傾けるジェスチャーで僕に言いました。
「覚えてたんでしょ。割れたやつと同じの、よく用意してましたね」

「いやそうじゃなくて。僕はてっきり別れたもんだと」

あれから彼らのどちらも、ここに来ることはなかった。
菊田くんに至ってはマンションにも戻らず、練習にすら顔を出さなくなったと聞いていたしね。

「まあ、そいうのはお互いの言い分ですからね」

「だからって、会わせる必要あるの?」

「それが彼女の」
「あの子から出た条件です」

僕の知ってる菊田くんの最後の姿は、開けた店の裏口から、恩に着るよと走って逃げる後ろ姿です。
長い足がネオンの影を引いて一層長く見えたのを、どうでもいいのによく覚えています。

「あれはどうも、心ん中じゃまだ付き合ってる」
そんなわけないでしょ、と、僕は肩を竦めました。

「・・あの子的には、過去の男じゃないんですよねえ」
終始ちょっぴり楽しそうにニヤった口で、尾形ちゃんは僕に説明してくれます。

あの日店にいたお客さんは、みんな聞いています。

「幸せになれよって?バッカじゃないの?!」
「あんたに別れるとか言う権利あると思ってんの??何様なのよ?」
「くだらない冗談なんて聞きたくない!」
「もうどこへでも行って下さって結構、この意気地無し!!」

酒瓶が並ぶキャビネットまでが、その大声でビリビリ共振しました。

ヒステリックに叫んだ彼女は、二人でお揃いで使っていたグラスを彼にぶつけるように投げつけたのです。
どこかのお土産に、お互いで贈りあったっていうその大事なグラスは無惨に砕け散りました。
挙句彼女は店内で暴れ、僕はお客様達を避難させるハメになったんですよねえ・・・

「その辺は、本人同士が会って決着つけるのがスジでしょ」

「そうだけどさ、また、なんか」
言いかけると尾形ちゃんは、不機嫌そうに僕を制しました。

「また、って何ですか」
「前だって今回だって、向こうがノリノリなんですから」
「前山さんは、全部俺が操ってるって思ってるんですね」
「結構傷つくな」

あらあらそれは失礼しました、と僕は肩をすくめました。

「ちょうど、前山さんに「頼まれて」」

尾形ちゃんが「頼まれて」を強調して言います。
「個室にいいマイクを取り付けたばかりだし」

あっ!

「この店、使わせてもらいますよ」

いつもは一言イヤミでもあるのに、随分快く引き受けてくれたと思ったら・・・

「上手く行けば、ウチの経費で落とせるかもしれませんから」
尾形ちゃんは自分をいい子いい子しながら、僕にニッコリと笑いかけました。

 

**********

杉元くんが、FA宣言をした。

伸び放題だった髪を少し切り、長い前髪をオシャレに整えていた。
記者の大群を前に、きちんとしたスーツ姿の杉元くんが一礼する。

「今日は俺の・・」
あっ、と言って言い直す。
「本日は、ボクの」
少しだけ笑いが漏れた。
だけど会場は、杉元くんの会見内容を一言も漏らしたくないマスコミの緊張感に溢れている。

凄まじいフラッシュの中、FA権行使の理由を問われ杉元くんは、
「ボクはこれまで最高の仲間たち、身内や友達や、数え切れない方々に助けてもらい、お世話になり」
「野球の楽しさを覚え、関東ゴールデンカムイへ入団させていただきました」
「そしてその後からも色々と気づき、学び、沢山のファン皆さまから」
「『関東ゴールデンカムイの杉元として』応援をいただき、ボクに頑張る力をくれた」

「ならばそのご恩は、関東ゴールデンカムイの杉元として、お返ししたい」
「入団した頃は、まさか自分がFA宣言出来る選手になれるとか、全然思ってなかった」
「世間知らずで、腐りそうになってたボクをここまでにしてくれた、すべての人たちにお礼をしたい」

それが理由です、と記者団の前で胸を張る杉元くんは、爽やかで堂々としていた。

「去年も、同じ気持ちでした。他球団の意見は聞く必要無いから、行使しなかった」
「でもこれから毎年、ボクの移籍話でこんなに雑音が多くなるなら」
「いっそFA権は使っちゃった方がボクにはいいのかなって。ボクには、ですけどね」
「ボクには、他に方法はありませんから」

杉元くんは殊更「ボクは」と強調しているように感じた。
FA権を持っている選手はたくさん居る。
誰もが自分のためにどう使おうか、じっくり考えているはずだ。
「みんなが私と同じでなくても構わない」
いつかあっちゃんが、そう言っていたっけ。

球団とは何か話し合いをしたんですか、と言う問いへ、杉元くんはあははっと笑って答えた。
「そうですね、球団からお前なんか要らないって言われたら・・そん時はどうすればいいのかな?」

これにはみんなビックリしていた。
FA権を行使すると、フリーという立場になる。
一度退団・自由契約扱いになり、所属球団がなくなる。

つまり杉元くんは、今、関カムの選手ですらない。
無職状態なのだ。
関カムに残りたくても、関カム球団から杉元くんにオファーが無ければ、成立しない話なのだ。

えっ誰とも相談しなかったんですか?というツッコミに、そうじゃないですけど、と杉元くんはお茶を濁した。

だけど、チームとファンへの真摯な思いを、心から語った杉元くんだ。
もし関カムがオファーしないなんて話になったら・・。
チームはファン感情の逆撫でから非難の嵐に晒され、アンチ関カムまで生み出しかねないだろう。

私は、杉元くんなりにかなり計算したんだろうな、と思いながらTVを見ていた。
下手に相談したら、行使自体をやめてくれと、懇願される可能性だってあるからだ。

記者団から質問が飛んだ。
「杉元さんが拘る、恩返しとは具体的にはどのような事ですか?」
「どのようにして、その恩返しを実現するおつもりですか?」

杉元くんはフフフッと可愛く笑って答えた。
「それは内緒ですよ」
「答えは、ボクだけのものですから」

そしてとっても上手なウィンクを、爽やか笑顔でビシッと決める。
瞬間、まるで爆発のようなシャッター音、目がくらむ程のフラッシュが、画面から激しくほとばしった。

この時の写真が、夕方のトップ記事として報道の波に乗って日本中に流れた。
ニュースが掲載されるや否やネットには、ファンたちからの称賛が溢れた。

「美型杉元 その笑顔最高」
「こっちこそ恩返しだよー 応援頑張る!」
「杉元さん 一生ついていきます」
「球団 杉元の足元見んなよ」
「萌え死んだわ杉元・・責任とってぇ〜!」
「それまで功績あるんだから 給料下げすぎないでね鶴見さん」
「宣言残留認めてくれて良かった 球団に感謝」
「評価吊り上げて他球団とマネーゲーム そんな事するような男じゃなかったってこったな」
「最下位脱出に最高の補強だ」

「嬉しい嬉しい嬉しい ありがとう杉元」
「ゴールデンカムイのファンでいて良かった」

夕方、帰国したばかりの杢太郎さんがネクタイを緩めただけのワイシャツ姿で、ソファに座ってニュースを見ている。
記者会見の様子を頬杖をつき、無表情で見つめる彼の横に座った。

「なあしぃ、俺がクビになったらさあ」
唐突に話しかけられ、へっ、と私は間抜けな声を出した。

「どうしようかなあ」
ソファの背もたれにぐいっと背中を押し付け、考えるようなポーズで首をちょっと傾げた。
そして腕組みをして、私に向かってキリッとキメ笑顔を向け、こんな事を言い出した。
「しぃと一緒に、弁当屋やろうかな」

「えっ、嬉しいな。杢太郎さん、お料理の筋イイみたいだしね」

「おっ俺が料理する方?」

「いい男の手料理が食べたい人だって、いっぱいいるんじゃないの」

「じゃあさ、屋台やろうぜ。その方が顔も出せるし、俺が料理して、しぃが客呼べばいいし」

「うふふ。そのどっちも、二人でやろうよ」

「そだな。俺まず調理師免許取ればいいのかい」
「じゃ私は、屋台引くお手伝いできるよう筋トレする」
「おっと人力かい。せめて軽トラ乗っけてくれよ」
「あ、ごめん。引かせる気満々だったわ」

なんだか妙におかしくなってきて、顔を見合わせてゲラゲラ笑う。

「私ね、いろんなとこ行ってみたい。仕事始めてからここを離れたことないし」
「そういうことなら任せとけ。なんならアメリカだって連れてってやるよ」
「いいわねえ、アメリカでさ、そちこちのスタジアム転々してさ、球場グルメとか出してみたいな」
「よし俺交渉できるぞ。知り合いはゴッソリ増えたからな」

バカ話でずっと笑いながら、いつしか体をぴったり、と寄せ合っていた。
杢太郎さんが、私の肩を肘で強くきつく抱き抱える。
楽しそうな笑顔とは裏腹に、私の二の腕は痛いぐらいに握りしめられている。
私も身を擦り合わせるように、力一杯彼の胸の中に体を押し込んだ。

(もう、迷わないよ)
(・・・・どこへでも、ついて行きます)

肩をきつく掴む彼の左手に、そっと私の手を重ねた。
指輪、ずっとつけていてくれたんだな・・と思いながらその大きな手を無意識に撫でた。

すると彼は脱力したようにそっと微笑み、私の頭に自分の頭をコッツン、と軽くぶつけた。

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