彼がふと見せた笑顔は、寂しげに見えました。
話は終わりだ元気でな、とソファから立ち上がろうとする彼の手を、イケちゃんが引っ張ります。
「ねえこれだけ言わせて」
と見上げる姿勢で、すがるような声が聞こえます。
なんだいと座り直した彼に、彼女は唐突に抱きつきました。
そして、勢いよく唇をぶつけるように合わせます。
「わ」
「よし」
尾形ちゃんの、謎の手応えはナニ・・・・??
「お誕生日おめでとう」
離した唇から漏れる声は、さっきのいたいけな声とは似ても似つかない妖艶ボイス。
立ち上がりながら、彼女はドレスの首からリボンを抜き取りました。
「!」
「〜」
「。」
男3人が、それぞれ息を呑みます。
そのワンアクションで、彼女の美しい肢体が隠す事なくあらわになったんですから。
「あんなドレスあるんだ・・!」
瞬きもできない僕。
尾形ちゃんは
「ダン氏はいろんな物持ってるなあ」
と呟き、人ごとみたいに感心したような顔をしています。
菊田くんはソファに座ったまま何も言わず、彼女の肢体を下から上へ、這うように目線を動かしていました。
「なんのつもりだ」
「わからないの?」
彼女がドレスをすっかり脱ぎさって、彼の腰の上に、大股を広げて跨がっていきます。
「お、尾形ちゃん・・・」
(笑ってる・・・)
「やっべえなあ」
彼が彼女の顔を見つめながら発する言葉には、余裕の笑いが混じります。
彼女が小悪魔めいた色っぽい声で、甘ったるく問いかけます。
「やばいの?何が・・・?」
彼の両肩に腕を回した彼女は二度三度と、首を傾げて彼に唇を与えているようでした。
彼女が懐かしいと口走りながら、彼の股間に手を伸ばしています。
「相変わらず、迫力あるね」
彼の太腿の間に、白くすらりと伸びた腕がすべり込みます。
彼女の背中と肩口が情感たっぷりに、何かを揉むように艶かしく上下します。
手元は見えません。
けれど彼の口から、ああ、という喘ぐ息が漏れ聞こえました。
僕は彼らに聞こえるはずもないのに、ちいちゃな声で尾形ちゃんにそっと聞きました。
「こ、これ、ずっと見てるつもり・・・?」
尾形ちゃんはええ、と普通に返事をして
「ちゃんと撮影しとけば良かったな」
と、笑った・・・。
一瞬何を言ってるか、理解できませんでした。
僕が呆然としていたら、更に尾形ちゃんは
「あっごめん、前山さんは欲しかったですか?」
データだと画質悪いからなあ・・なんて呟きながら、まるで飲み物を注文する程度の軽さで聞いてきます。
「お・・尾形ちゃん、これはいくらなんだって、やりすぎでしょ!」
個室へ慌てて駆け出そうとする僕の腕を、尾形ちゃんが一捻りします。
いたたたたたっ!と転げていたら、冷ややかな視線で見下ろす尾形ちゃんに言われました。
「前山さん、勘違いは困ります。別に俺が、ここでしろって、言ったわけじゃないんで」
あの子が俺らに見せ付けたいってことでしょ、と平然と、悠然と、モニタを眺める尾形ちゃん・・
もしかして今僕は、底知れない闇の世界に、隣り合わせているのかもしれません。
背筋に、冷たいものが走ります。
彼の端正な横顔は、画面の中の二人を、冷静に見つめています。
結われた髪の後毛が、裸の白い乳房の谷間を、一段と背徳的に魅せつけます。
「ねえ、何がヤバいのか・・言ってみて」
彼女は手を動かしながら、熱を帯びたかすれ声で囁き、白い背中をうねらせます。
「やべえなあ」
吐息と共に、彼はもう一度、同じことを言いました。
そして自分を触る彼女の手首を掴んで払い・・・一言、つぶやいたのです。
「勃たねえわ」
彼の言葉とともに、激しい破裂音が響きました。
彼女が、彼を平手打ちした音でした。
彼女がまたグラスを掴みました。
「死ね」
グラスが砕け散る音が響きます。
「尾形ちゃんもうだめ!また彼女が暴れ・・・」
と言いかけて、僕の心臓は飛び出しそうになりました。
眉毛をかたっぽ下げて不興げに嗤いを浮かべる菊田くんが、不均衡に口角を歪ませて、モニタ越しの僕らを見据えていたからです・・・
あぁ・・と一つ頷いて、頭を一度ガリガリ掻いた彼の、チッという舌打ちが聞こえます。
彼は上着の内ポケットからカードケースや鍵なんか、ヤレヤレみたいな風情でゴソゴソ取り出しました。
それらをギュウギュウ押し込んで、パンツのポケットはもうパンパンです。
隠しとけよと小さく声が聞こえると、彼は床に座り込む彼女に、上着を脱いでふんわりと引っ掛けました。
ソファにひょいっ、と飛び乗った、彼の胸から肩口が映し出されます。
何かが壊れる破壊音が響いたかと同時に、彼の姿はモニタから消えました。
アタックされて下に垂れたカメラはフラフラと揺れながら、ソファに残された菊田くんの足跡を映しています。
「ばか。ばか。死ね。死んじゃえ」と小さな嗚咽が、その映像に重なって聞こえました。
ドアノブを激しくガチャガチャする音が、外からも聞こえます。
やがてドアをどんどん叩きながら、菊田くんが外に向かって叫びます。
「おーい前山さん。ちょっとここから出してくれよ」
慌ててドアを開けた僕を一瞥もせず、彼は横を早足で通り抜けて行きました。
「俺はあなたまでグルだとは思ってないから」
すれ違いざまに、彼がボソリと囁きます。
底なし沼から湧き出るようなその声は、まるで背中に突きつけられた銃口のように、僕を震え上がらせました。
彼はカウンターの尾形ちゃんに向かって、のしのしと歩いて行きます。
僕は気を取り直し、彼女にガラス気をつけてと告げ、すぐ彼を追いかけました。
「ふざけた真似しやがって」
尾形ちゃんの胸ぐらを掴み、椅子から引きずり倒さんばかりの勢いで立ち上がらせます。
「ふざけてんのはあなたでしょう」
尾形ちゃんは、薄笑いを浮かべて応えます。
「何がおかしい」
「だって面白いでしょ」
「あなたが勃たないなんて」
冷徹に嘲笑う尾形ちゃんに「ド変態が」とつぶやく菊田くんは、怒りの爆発を必死に抑えているようです。
「仕事ですよ、仕事」
「あなたの大失敗は、GMの責任問題に発展している」
「そして俺の努力は無に帰した」
そう言って尾形ちゃんは、一瞬恐ろしく憎々しげな表情を浮かべました。
「これは俺が使った下請け業者への報酬です」
「GMから俺への報酬は、絶たれたんですよ?」
「だったらせめて俺の債務は、あなたが割増して負担してください」
掴まれたままの尾形ちゃんは、仕方ないでしょ、って顔でため息をつきます。
「だいたいその報酬すら、満足するほど払ってやれませんでしたけどねえ」
「・・・そのでっかい、ナマクラ刀の、おかげでね」
「・・・女の子使って何させてんだよ!?」
「頭イっちゃってんじゃねえのか??」
脳みそが泡立つんじゃないかってくらいに激しく揺さぶられても、尾形ちゃんはなすがままです。
菊田くんがはぁはぁと肩で息をして、唾のしぶきがかかるくらい、顔をグッと近寄せます。
「くだらねえ御託ばっか並べてんじゃねえ」
「てめえらの都合に、無関係の人たちを巻き込むな」
尾形ちゃんの固めた髪が、二束三束と乱れて解けます。
そこへ捻じ込まれる、菊田くんの低い声。
抑え続ける怒りの蓋は、弾け飛ぶ一歩手前でじりじりと震えています。
胸ぐらを掴まれたまま、自分をいい子しながら尾形ちゃんが話し出しました。
「・・・あなたの大事な、しぃちゃん奥さんは」
「愛されてないと、燃えないんですってね」
「あぁ?・・・・」
菊田くんは訝しげに一声上げ、眉を顰めて目を細め、尾形ちゃんを見据えます。
「・・・・てめえ?しぃに、何をした」
一瞬狼狽える菊田くんを、尾形ちゃんはなぜだか爽やかな表情で笑います。
「知らないんですか」
「愛されてると、燃えるんですよね?」
データをひけらかすような口ぶりは、まるで得意げにすら感じます。
「ーーーーー何をしたって聞いてんだろうがよお!」
雷が直撃したような激しい怒声に、衝撃がガン、と、お腹の底まで響きます。
いつ力一杯殴られてもおかしくありません。
だけどどうして尾形ちゃんは、とても愉快そうに、薄笑いを浮かべるんです。
「・・・俺はなぁんにも、してませんよ」
「俺は、ね」
************
「しぃちゃん」
整然と並ぶカトラリーを前にスマホを見つめて首を捻っていると、不意に名前を呼ばれて、振り向いた。
「・・・えっ」
「アリコくん」
