EP.08 恋はいつの間に
私にもいくつか実家関連でしなきゃならない事があるにはあるけれど、基本今は、杢太郎さんのことだけ考えてればいい。
ただそれは裏を返せば、杢太郎さんの事以外はあまり、考える事がない日々だ。
最初は、時間ができたのだからと思って、初めて作るお料理に挑戦したりしていた。
杢太郎さんはものすごくご飯を食べてくれるので有難いけれど、結局昔ながらのお料理が一番好きみたいなので、必要なものを中心に作ればいい生活に収まって行った。
お料理してる間だけは、色々と、忘れられるのに。
仕事でやってた頃は、生まれた環境だから仕方ないと思っていた時期もあったけど、あれはあれで楽しかったのかなあなどと、もう無いものねだり的な懐かしみ方をしている。
・・そんな事にふと気づいた、自分が少しイヤだった。
人間は暇だと、ほんとにロクでもないことばかり考えるようになる・・
私は、彼がこんなに結婚を急いだ理由を探し始め、そして、自分は単なる彼の飯炊きなのでは?という考えに囚われて行った。
彼女なんてその気になれば、いくらでも作れるだろうに。
私は、彼の事を何も知らされていない。教えてもらっていない。
この街で暮らすのに、私はうってつけのハウスキーパーだろう。
就任が決まったから1日も早く、マンションに置きたかっただけなのかな。
彼にとって、私はただの・・・・あらゆる意味を含めて。
お世話係。なのでは。
5月の青い空が抜け渡るようにキレイだった日、杢太郎さんが出勤してから唐突に
「あ、練習、見に行こう」と思い立った。
南北へ一直線に伸びる、街で一番大きな通をしばらく北に行ってから、東側へ坂を降りる。
突き当たって土手を登り切ると、ライト側から関カム2軍球場を一望できる。
最後に来たのはいつだったろう。店に出るようになってからは殆ど来られなかった。
いつしか「練習を見に行く」という考えそのものが、自分の中から抜け落ちてしまっていた。
登り切った土手の上で、深呼吸をした。
こんなに近くに住んでいるのに、とてつもなく懐かしい。
子供の頃はよくここに来て、大人に混じってクソ生意気に、あいつはここがいい、そいつはここがダメだなどと、こまっしゃくれた講釈を垂れていた。
どうしても1軍レギュラーよりも、2軍暮らしが長い選手の方に詳しくなり思い入れも強くなる。
ただ、そういう選手たちの多くは私の記憶には残っても、野球ファンの記憶に残る前に球界自体を去ってしまう。
土手を少し下り、私は草むらに腰を下ろした。
(杢太郎さんいないかなー)
グラウンドの外野側では、今年のルーキーたちが柔軟を始めているところだった。
(杢太郎さんにもこういう時期があったんだなー)
杢太郎さんがプロ入りした年、私は小学5年生だった。
なので多分見かけてはいる筈なのだが、当時の杢太郎さんの印象は無い。
彼はここにいる期間がとても短かったから。
小さい頃は、入団したての選手でも、みんなお兄さんだった。
それがいつしか同年代になり年下になり、気がつけば彼らのお母さんの気持ちもちょっぴり分かる?っていうくらいの年になった。
(しばらく見てない内に二軍も分かんなくなっちゃったなー)
キョロキョロ見回しても、杢太郎さんはいない。
内野側で練習しているんだと思い、土手を下ってグラウンドの脇ををぐるっと回った。
彼は、とても生き生きと仕事をしていた。
ちょうどティーバッティングの最中で、当たり損ねの強い打球がまっすぐ、トスを上げていた杢太郎さんの頭付近をかすめた。彼が倒れ込んだので、私は思わず「いやっ」と小さく声を上げた。
杢太郎さんが笑いながら起き上がり「おぉいいねー。しかしオレ狙っちゃダメー」とデカい声で叫ぶと、
「コーチ大げさに倒れないでよー」「普通に避けれるでしょー今の」と周りからもゲラゲラと笑い声が溢れたので、私もふぅ・・とため息をついた。
ペコペコと頭を下げているバッターの肩を、杢太郎さんは笑顔でポンポンと叩いた。
そしてそのあとは文字通り、手取り足取り、熱心な様子で何かを指導。
するとその周りに、若い選手たちが集まってくる。
みんな真剣な顔で彼の話を聞き始め、彼はいつしか人々の真ん中で、身振り手振りでスイングの説明をしていた。
杢太郎さんは、今の若い子たちが子供だった頃、関カムを代表するスター選手だった。
普通だったらこんなビッグネームの指導なんて、される方は気後れするものなんだけど。
(杢太郎さんは、このポスト向いてると思う・・)
その後フリーバッティング指導。かっこいい。
なんか立ち話で打ち合わせしてる。素敵。
あっお水飲んでる。カワイイ。
元々、私は「関カムファン」だ。
練習を見学する時は、チーム全体を見て自分なりに選手の仕上がりを確認したり、有望な選手を探したりしていたはずなのだ。
だけど今はもう、彼一人から目が離せなくなっている。
そしてただ、胸をキュンキュンと痛ませているのだ。
(変わったな・・私)
彼が好きすぎて、まともに練習を見られなくなっている。
今日は午後から試合がある。
きっと試合そっちのけで、私は杢太郎さんを見つめ続けてしまうのだろう。
それきり、練習を見に行くのはやめた。
季節は巡り、2022年シーズンが終わった。
関カム1軍ははペナント3位。
クライマックスシリーズはファーストステージで敗退。惜しかったが大健闘だった。
杉元くんは今年もまた、打点王にあと1点届かなかった。
ゴールデングラブ賞に鯉ちゃんと房ちゃんが選ばれた。
ベストナインにはその二人と、後月島が選ばれた。
ファームの方は若手が躍動し、イースタンリーグ2位。
夏ちゃんが首位打者に輝いた。
彼は女の子の人気も上々で、久しぶりにこっちに可愛い声援が響き始めているらしい。
菊田コーチ就任1年目としては、それなりに結果が出たと言える。
特に大きな人事も無く波風の少ない平和なシーズンだった。
そういえば杢太郎さんがコーチになった関係で、春からキラウシコーチが一軍へ合流している。
門倉監督とのやりとりがカワイイと年末の珍プレーで取り上げられ、一瞬トレンドワード入りした。
