EP.10-12 - 1/3

EP.10  TRUST MY  LOVE

「ところで行きたいところって、決めたのか?」
彼に聞かれるまでころっと忘れていた。
「・・・・あっえっと。横浜」
オシャレなところ。と思って真っ先に浮かぶ答えがこれだった。
「ん?そりゃずいぶんザックリだなー」
電話口でゲラッゲラ笑われた。
「まあいいや。適当に見繕っとくよ」
私がお店を指定できるほど詳しくないのは知ってるだろうから。つまりそういう笑いだ。
「来週、戻ってすぐ練習が丸二日休みなんだ。それまでに決めとくからな」

「ソフィアに、5時に迎えにきてね」

ゾーヤママが仕上げてくれた私を見て、彼は口笛を一つ鳴らした。
「さすが俺だな。その服メチャクチャ似合ってる」
得意げな彼の前に、ママがニヤニヤとした笑いを浮かべながらノシノシとやってきた。
「菊太郎、元気そうじゃないか」
「あっゾーヤさん・・ども」なんだか決まり悪そうだ。
「しぃちゃん、教えてあげる。この人、寮入ったばっかりのクリクリ坊主にちょっと毛が生えたくらいの時にウチ来てさ」
ゾーヤさんはカッと目を見開いて続けた。
「こ〜んな目して。ヘアカタログ必死で見出してんのさ。もう、早速色気付いて可愛くてね」
「ゾーヤさん・・・・ヤ  メ  テ」
「でもこいつ生意気なことに、本置いてその足で別の美容院行ったんだよ。まあ、切るような髪も大してなかったんだけどさ」
「えっ。美容室のヘアカタログを?立ち読みして帰ったの?」
「そうだよ。しばらく語り草だったんだから」
「だから右も左も分かんなかったんだって・・・すみません、頼むからそれ以上ヤメテ」
「ふーん。田舎から来たクリクリ坊主が。まあ立派になったもんだよ」
笑うゾーヤさんを残し、彼は私をタクシーへ押し込んだ。

ディナークルーズの後着いたホテルは、目が眩むくらい豪華だった。
高層階の窓辺にはベイエリアを一面に大パノラマを臨む。床は20人くらいなら寝られるんじゃないかっていう広さだ。どの調度もオシャレで高価そうで、高い天井の開放感が、夜景を一層煌びやかに引き立てる。
しかも一部屋じゃない、隣にジャグジーが付き、またベッドルームが奥に別にあったりで・・

「うっそ・・・すごい・・え、これ、が、ホテル、えっ」
言葉を失いながら部屋をそちこち小走りに見て歩く私に、彼はこっちおいで、というふうにちょいちょい、と手招きをした。

彼が大きなソファにどさっと腰かけたので、私も隣にそっと腰を下ろした。
「すごい、キレイ・・・杢太郎さん、今日は、本当にどうもありがとう」
部屋の明かりは点けないで、夜景を見ながら彼に寄り添う。
「疲れたか?無理すんなよ」
「大丈夫・・」言い終わらない内に、彼が私の足からハイヒールをぽん、と蹴り出した。
「ほら見ろ」
・・・靴ずれしている。
「歩き方おかしかったもんな。無茶しやがって」
小さい子にするように、頭を撫で撫でしながら言われたので、頑張っただけだもんと思った私はプイ、と横を向いた。

彼は夜景を眺めたまま、私に尋ねた。
「なあ、しぃ。何か欲しいものはあるか」

「何?どうしたの?」
「どっか行きたいとこはあるか?して欲しい事はあるか?」
矢継ぎ早に聞いてくる。
「・・別に・・ないわよ。強いて言えば」
「好き、って言って欲しいなっ」
可愛く言ってみたつもりだったのだけど。

「あー、そういうのか・・」
「そういうのってなによぅ。私、一度も言われた事ないのよ」
「そうだっけ・・・」

ちょっと寂しくなった私に目を向けず、彼は続けた。
「あのさ、しぃ・・」

「ん?」
なんだか、いつもの杢太郎さんらしくない。私は彼の体に身を寄せ、口元に耳を近づけた。
「コーチ稼業なんて・・・儲かんないぜ?」
私からしてみれば、充分だと思うのだけれど。

「選手の時とは違うからな」
「結果出なけりゃ、あっという間にクビだし」
「クビになりゃ、仕事探して」
「日本中駆けずり回るしかねえし」
「そしたら」
「全然そばにいてやれないかもしれねえし」

彼は訥々と、豪華な豪華な夜景に向かって吐き出すように話し続ける。
私も目を合わせず、ただただ、彼の話を受け止めていた。

「その上結構飽きっぽくて貯金とかもてんでダメだし」
「・・もう、こんな派手なデートできねえぞ」

腿に肘をついた姿勢でポツリと言うと、下から見上げるように私に顔を向けた。
この、どこか頼りなげな切ない目を、私は一生忘れないだろう。
「らしくない」のではないんだ。
これもまた、彼なんだ・・と感じた瞬間、まるで体が火照るように熱くなり出した。

「あ、あのね、杢太郎さん」
「私がどこに生まれて育ったと思ってんの・・・」
「そんな事言うために、ここまで、連れてきたの」
「そんなの、わかり切った事よ。今更、何言ってるの?・・って感じ」

お金?それともステイタス?

不意に思い出した。
父が、喧嘩したときの噂を。
「店と親のために菊田と寝た」

彼も、迷っていたのかもしれない、と思った。
私が彼と、簡単に結婚した理由を測れずに。

彼の「本当」が欲しいと思っていた、ずっと。
信じられる、何かを。

「ねぇ。私の事、大切にするって、言ってくれたよね」
「それが嘘じゃないなら・・・」
「それだけで」
「いいのよ」

それ以上に、何の必要があっただろうか?

私は彼の頭を、胸に包んだ。そして
「好き」と呟いた。

「・・・先に言うなよ」
私の胸の中で、彼がふと笑ったのを感じた。
頭をもたげた彼が、私の結われた髪に首筋から手を入れる。
私の頭を自分の胸に誘導し、解けつつある髪に一回、二回頬擦りをした。

そして一言
「好きだ」
と、囁いてくれた。

その夜は、静かにゆっくりと、私たちは燃え続けた。
汗が、気化してゆく。
そのひんやりとした感触の奥に感じる、肌の熱さが愛おしい。
匂い立つ彼の全身を、その体の先から先まで慈しみ尽くした。
名前をうわ言みたいに呼び続けると、「好き」という気持ちが堰を切ったように溢れ出す。
何度抱きしめても、心はおさまらない。
見つめ合って深く口づけを交わすと、心が溶け合う感触が広がる。
「しぃ・・あいしてる」
そんな囁きが、私の全身を甘く麻痺させる。
彼の腿の上に向かい合って座り、抱きしめあった。彼をいっぱいに受け入れながら。
動かなくったっていい。ずっとずっと、ただただ密着していたい。
摩天楼に閉ざされたしじまの中で、彼の鼓動に揺られていた。
もう、ひたすら、幸せの音しか聞こえない。

目覚めると、彼はすでにベッドから出ていて、一糸纏わぬ姿で思いっきり太陽の光を浴びていた。
あまりの麗しさに私は、目を細めて彼の裸体を堪能していた。

「あ、起きたのか」
振り返るとまた更に麗しい。全身で伸びをしながら彼は
「チェックアウトまでまだ時間あるな〜・・・」と独り言のように呟き、まだベッドの中の私に向かって満面の笑みで、言い放った。
「もう1回くらい、やってくか」

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