EP.10-12 - 2/3

EP.11  心配ご無用

「練習がまる二日休み」というのはウソだった。

実際は彼の教え子たちが
「菊田コーチは新婚なのに」
「ずっと自分たちと練習してるから奥さんカワイソウだ」
と言い出し、彼のために「行って来ーい」したものだと分かった。
いい話に聞こえるが、教え子達に都合よく自習タイムをねだられたんじゃないかと思う。
きっといつも笑いながら、死ぬほどダッシュ練習させたりしているんだろうな。
彼が現場に戻った日には、ボーイズ達には更なる地獄が待ってたんじゃないだろうか。

シーズン前のある日、彼が連れて来てくれたのは郊外の大きなトランクルームだった。

「わーーー」
そこには彼が前住んでいたマンションから引き上げた荷物が、ごちゃごちゃと詰め込まれていた。
衣服や靴・鞄・本・・
部屋に無くて大丈夫なのかと問うと、彼は、無ければ無いでどうにでもなるもんだな、と首を傾げた。

解かれていない宅配便や、薄くて平べったい段ボール箱もずいぶん積んである。
その傍らには・・
「杢太郎さんこれ・・・おっ、お宝じゃん」
ガラスケースに入った2014年日本シリーズMVPの盾が、床に無造作に置かれていて絶句する。
よく見ると色々と受賞した時の記念品やトロフィーなどが、ごそっと一所にまとめられていた。
「全部本物なんだーーーーすごい〜〜〜〜〜すごい〜〜〜〜〜」
私は少女だった頃の野球オタ丸出しで、金ピカのゴールデングラブを前に感激で目をウルウルさせていた。

「間近で見たい。それ出して、見せて見せて」
ケースから出された本物を触ってハァハァする私に、彼は意外という風に
「もっと早く言えばいいのに。そんなのいくらでもあるぞ」と積まれた荷物に目をやった。
・・・なんか、そういうのは言っちゃいけない気がしていた。
杢太郎さんのその、輝かしい実績が目当てみたいに思われたくなかったのだ。

薄い段ボールはほとんど、額装してプレゼントされた、いろんな記念の写真だった。
大事なはずのMVPのお立ち台の写真も、日の目を見ずここに仕舞われたままだった。
「あららー。杢太郎さんカワイソウ。おうちに帰りましょうねー」
私は写真の中の彼の頭をナデナデしながら、額に向かって話しかける。
「自分の写真なんて飾りたくねぇよ」と杢太郎さんはイヤそうに言うが、まんざらでもないくせに。

「ちょ、こっちの写真も、すってきだわ〜〜・・・」
それはあの決勝ホームランを打った直後、彼が伏せ目がちにバットを放(ほお)った、その瞬間を捉えたものだった。
口元がちょっとニヤッてしているのを今、初めて知った。

「この時、すごかったんだよね・・ウチの店、壊れるかと思ったわ」
みんな家で見ればいいのに、なぜか集まったおじさんたちで店はぎゅうぎゅう詰めだった。
店の中でビールかけするお客さんが現れて掃除が大変だったのも、今では懐かしい。もう二度と戻らない思い出だ。

「お酒の在庫が全然無くなったのよ。一週間営業できなかったんだから」
私が笑うと
「そういや親父さんも同じ事言ってたなー」
「そして結局ビールのニオイが取れなくて、床葺き代えたんだろ」
「そんな話もしてたの?お父さん、私には野球の話するなって言ってたのに」

「野球の話じゃないよ。床代寄越せって話さ」
「次同じ事したら、絶対払えよってさ」
「次なんかねえの、分かってただろうに」
両手を頭の上で組んで、杢太郎さんは笑う。
そして一つため息をつき、空中に視線をやって
「俺なんて1軍じゃもう、お呼びでない、ってさあ・・」

呟いた後、私に向き直って言った。
「優しいのな。しぃの、親父さんは」

そうだろうか。
私は父の事だから、彼にまた輝きが戻ると、当然のように信じていたと思う。
そしてその為には、ウチで何か出来る事は無いか、考えていたように思う・・・

なんだか目に浮かぶようだ。父が嬉しそうに「菊さん」とお話してるとこ。
店の床を総取っ替えさせた張本人がやって来て、軽口叩いて、笑い合って。
どんなに楽しくて、どんなに幸せだったか。

「なっつかしいわね~・・」
おどけて言ってはみたものの、目には涙が一杯たまってしまっている。
上を向いても無駄、ポロッと一筋、流れてしまった。

「しまった泣かせちまった」
杢太郎さんは余裕の態度で、私に向かって両手を広げた。
「ホラ、おいで。俺を親父さんだと思って」
「あーいや。それはイヤ」
私が涙を残しながら笑ったのを見た彼は、そのまま黙って、私を包んでくれた。
胸に身を任せると、蕩々と涙が溢れてくる。
遠慮無くしばらく、泣かせてもらった。

「やっぱり俺のせいだよな」と、声が聞こえたような気がして顔をあげた。
彼は何も言わず、私を優しく見つめているだけだった。

ここで更に目を引くのは、ありとあらゆる趣味の品だった。
「釣り道具すごいいっぱいある。こんなのもやってたの」
「なー。こんなに買って、何考えてたんだろうな。結局使ってねえもん」
「思ってたよりすごい。サーフィンも行ってたのね。サイクリングもしてたのね」
「みんなワンシーズンだけさ」
「・・・これ何?」「カヌー」「へー」
「これはテントだよね」「キャンプも行ってたな〜・・」
ちょっと埃をかぶったビニールカバーを、ぱふぱふ叩きながら彼が言う。
「今度一緒に行くか」
「沖縄?」
「そっちのキャンプじゃねえ」
笑いながら、頭をわしゃわしゃと撫でられた。
「さすがにこれ、全部持って引っ越せねえだろ・・」
彼が苦笑いしながら、頭を抱える。

「大事なものも、あるんでしょ?・・ゆっくり、考えようよ」
「そうだな」
彼が木箱を一つ開ける。
中から取り出したモデルガンを小さな窓から漏れる明かりにかざし、懐かしそうに彼はしばらく眺めていた。

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