EP.10-12 - 3/3

EP.12  回帰 

ある朝、いつもの朝ごはん。
「うめーなこれ、なんか変えたか?」
味噌汁をすすりながら彼が言ってくれる。
「あらよくわかったね。変えた変えた。おかしくない?」
「毎日飲んでんだから分かるさ・・おかしくないよ、うまい」
そして一呼吸し
「そういや一昨日のあれって何。よく分かんないけどうまかったぞ」
「ホント?」
それは有合わせを適当にリメイクして、なんとなく作っただけのものだった。
褒められたので嬉しくて、少し前からちょっとだけ、自分で温め始めていた思いを話してみることにした。

「あのね、杢太郎さん、私・・」
「昼だけ、お弁当とか作って売ろうかなって、ちょっと思ってたり・・するの」

杢太郎さんはほとんど聞き終わると同時に
「賛成。俺は全然OK」
なんの躊躇いもなく、あっさり認められてしまった。
「えっ、いいの・・」

「しぃの料理、俺一人で食ってるのもったいないと思ってたからさ」
味噌汁から顔をあげて、ニカっと笑顔で言ってくれた。
「いいんじゃない。しぃがやりたいことなら」
「俺は、応援するよ」

私の大好きなこの笑顔は、彼が練習の時若い子たちに向けている、あの笑顔と同じだ。
彼は、頑張る子たちを心から応援してくれる人だ。
私もその一員になれるなら、なんだか嬉しい。

「なあ、しぃ、さあ・・」
「んー?」
「でもさ、たまには、練習見に来いよ」
「えっ、気が散らない?イヤじゃないの」
「なんでイヤなんだ。好きな子が見に来て張り切んない男子なんかいねえだろ」
好きな子、って言われてめちゃくちゃ照れてしまった。
「ふふ。高校生みたい」
多分真っ赤になってる私に、言ってる本人もまた恥ずかしかったんだろう。
なんかおかしいか、と横を向いてしまった。

嬉しいに決まってるでしょっと一言伝え、照れ隠しに話題を変えてみる。
「ねえ、杢太郎さんは入団したての頃ってどうだったの。真面目だったの」
「いや・・どうだろ。とにかく早く一軍上がろうと思って、その辺は必死だったな」
「そうなんだ〜・・・ビシビシやられてたの」
「まあ、しごかれてはいたよ」

「けどなあ・・どっちかって言うと不真面目だったかもなぁ」
杢太郎さんはへへっと笑うと、自分の背面に腕を回しながら
「かっこいい捕り方の練習、とかそんなんばっかやってよく怒られてたよ」

なんだからしいわね、と思いアハハハと笑ったけど・・・

なんかそれ、見覚えがある気がしてきた。
「・・あの、それって、新人の時・・」
「ああ」
突然、頭にピカッと明かりが灯る。
「・・・あれーー。見たことあるかもそれ・・」
杢太郎さんがのけぞる。

その光景は、私が練習を見ていた小5の春のこと。
「いた、いたわ杢太郎さん。69番」
「まださ、4月とか5月とか、そんくらいの時じゃない」
「えっマジか・・・」
杢太郎さんはちょっと考え込んで
「なんか女の子にさ・・・ジトっと・・見られてた事あんだよな・・」
「あらら〜・・」

ジワジワと思い出してきた。
初めて見るその選手は先輩グループに混じって物怖じもせず、キャッキャしながら背面キャッチの真似事をしていた。
確かその時、その頃2軍のヌシだった門倉さんが何故か土手に上がって来て、彼らを眺め「おーカッコいいカッコいい」とか呟いて、やる気の無い拍手をしていたのを覚えている。
門倉さんがテレテレと去って行った後、当時のコーチがドタドタやってきて、やたらめったら怒鳴っていたんじゃなかったっけ。
お小言を神妙に聞いていた杢太郎さんだと「思われる」その人は、コーチが去った後茶目っ気タップリに笑っていた。そしてその後は、きちんと真面目に練習に取り組んでいたのだった。
面白そうな選手だなあ、でもこんなんは毎年一人や二人必ずいるからなあ・・などと子供心に偉そうに、思ってた気がする。
この年の秋口から菊田という子が店に来て、飯をバクバク食べて行くようになった。
それを見て私は、ご飯たくさん食べる男の人っていいなっと思うようになったのだ。

「子供でもさ、見学に女の子って珍しいなと思ってたの」
「でもここはそうじゃない、大人から子供から男も女も関係なく、みんな選手に厳しいってさ」
「エラいとこ来てしまったと、思ったもんさ」
べ、別に睨んでいたわけじゃないのよ。
・・それにしても。

「あれが・・・」

「しぃだったんだ」「杢太郎さんだったんだ」
と二人同時に口に出る。

顔を見合わせると可笑しさが込み上げてきて、二人してけらけらと笑い合った。
なんで気がつかなかったんだろう、そんなに前から出会っていたんだ。

「やっべ時間だ。行ってくるわ」
まだ笑いながら出かけていく杢太郎さんを見送って、今なら分かる。

お父さんには悪いけど、「やめとけ」なんて選択肢は。

そんなものは、最初っから無かったんだ、と。

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