EP.11 みんな幸せになれ - 3/4

おばあちゃんは、何年か前に亡くなったと聞いていました。
尾形ちゃんが見せてくれた写真には女性が2人と、とても可愛い赤ちゃんが写っています。

「ちょっと、これ尾形ちゃんでしょ。目元、今とおんなじ」
あまりにもおんなじで、誰が見ても彼だと分かる。
ついついぷーーと吹き出すと、彼が如何にも不快そうに眉を顰めます。

「見せたいのはそこじゃなくて、裏」と言われひっくり返す。

そこには
『ママ おねえちゃん ひゃくちゃん』
と書いてあります。

へえ、ママ美人だねえと言って返すと、尾形ちゃんはその写真を一旦カウンターに置きました。
そしてもう1枚、自分のものだという写真を取り出し、横に並べます。

写真は、同じもののようでした。

だけど裏を返すと
『おばあちゃん おかあさん ひゃくちゃん』
と書いてある。

「前山さん、その写真の「おばあちゃん」何歳くらいに見えます」

「30・・代、前半くらいかな・・でも、おばあちゃん、なんだよね?」

「49歳」

「おお、そうは見えない。若い。綺麗。美魔女」

「・・・亡くなる直前くらいにばあちゃん、妙なことを言い出して」
目線を下に落として、尾形ちゃんが淡々と話し始めます。

「あの子が可愛そうだ、って泣くもんだから」
「よくよく聞いたらどうも俺のことで」

「俺に向かって、百之助を盗まないでって突然喚き出したり」
「なんでもできるかわいい子だ、あなたに似たんだねって顔中撫で回されたり」
「日本もこれで安心よ、とか嬉しそうに笑ったり・・」

「で」

ひと呼吸置いた尾形ちゃんは、天井を見つめるように顔を上げました。

「やっぱり手放した方が、あの子幸せだったかな?って、空に向かって問いかけたりして」
「・・・年寄りの妄想加減がわからない」

そう言って目線を上にしたまま首をコキコキ回しながら、彼はふうっと大きくため息をつきました。

尾形ちゃんは、彼の父親だという政治家センセイに、特徴的な目元が本当によく似ています。
今から30年前なら、あのセンセイは多分、今の尾形ちゃんと瓜二つだったろう。

・・・僕は、何か入り組んだ事情を感じました。
「尾形ちゃん戸籍とか調べたことないの?」

「見たことはあるけど中身までは。興味なくて」

彼が徐に、自分のアタッシュケースを開けました。
「前山さんが言いたいのは、こういうことでしょ?」
尾形ちゃんがカウンターに、手紙を一通ひらりと投げ出します。

そして僕に読んでみてという風に、それらを顎でチョイチョイと指しました。
そのおばあちゃん宛、というお手紙を、いいの?と手に取り読んでみた・・・

「尾形ちゃんこれ。・・・何、親権の相談・・・?」
こんな大事なもの読めないよ、と手紙を戻してそのまま突き返す。

「差出人見ました?」
僕は関わりたくないと思いつつ、もう一度中身を取り出しました。
封筒には差出人の名前はありません。
けれど、手紙の最後には署名が・・・

「センセイだね」
そして宛先は、尾形ちゃんの「おばあちゃん」・・。

「・・・あのさ尾形ちゃん。やっぱり一度ちゃんと調べた方がいいんじゃないの」

そこに書かれていたのは、宛てた相手へ恋の謝罪。
そして、切々と愛情を語りながらも、どこかビジネスライクな
「息子の百之助を引き取りたい」

これを受け取った人は、なにか返事を、したのでしょうか・・・

「尾形ちゃん調べんの得意じゃん」

「自分のことは、ちょっと・・・」
決まり悪そうに頭を撫で付ける。

尾形ちゃんは、両親に捨てられたと思っている。
確かに、真実を知ることだけが、正しいわけじゃない。
だけど人間同士は、複雑なもんです。

つらい過去をただ再確認するだけで、何も変わらないかもしれません。
逆に「愛なんて幻想だ」と語った自分や、今まで信じてきた全部、否定する事になるかもしれません。

いずれにしても知ってしまったら、知る前の尾形ちゃんにはもう、戻れません。

だから僕は、歌いました。
「ほら。ひゃっぽんホームランー」

「はっ。前山さんだけは、俺を応援してくれるって話だね」
尾形ちゃんが目を伏せて、長いまつ毛を何度か瞬かせます。

「・・・どっか見ましょうか。水回りでも、ドアの建付けでも」

俺何でもできますよ、昔ばあちゃんちで全部やってたから。
そう言って尾形ちゃんは、珍しく素直に穏やかに、静かに笑ってくれました。

***********

12月も下旬になり、GMの交代が発表になった。
新GMは親会社のエヌディーエースからくる人で、奥田さんというそうだ。
奥田さんは鉄道畑出身の偉い人で、野球に関してどういう考えを持っているか聞いたことが無い。

ただ杢太郎さんから、ウワサでしかないけどな、と前置きの上聞かされた。
奥田さんにはこの二軍球場周辺を、関カムタウンとして再開発したいという、最終的な目標があるらしい。

「ボールパーク構想って事?」

「って言っても二軍の街だからなぁ。どんくらいの規模想定してるもんだか」
限界はあると私も思ったが、商店街の跡地に出来たスーパーは、思っていたより大きかった。

「野球関係無い人にGMなられても困るわ。大丈夫なのかしら」

「しぃが知らないだけで、色々詳しいのかもしれんぞ」

「そっかあ。関カムって元々は、なんか電車関係の会社の球団だったんだもんね・・」
知らない内に、色々な事が水面下で進んでいるのかなと思う。

「しぃ、ごめんな」

「えっ、ちょっと、何」
突然謝られ、ドキッとする。

「アメリカ行けなくなっちまったわ」

「な、何。じゃ、どこ行くの」

「行くってなれば、沖縄かな・・」

へ?と間抜けな返事をする私に、彼は
「来季から、二軍作戦コーチ兼育成コーチ兼打撃兼外野守備走塁コーチ補佐だってさ」

「何、何、何」

「コーチ人事はほぼ内定してたからなあ」
配慮してくれたんじゃない、と彼は笑っている。

「何でも屋みたいじゃない。新GMが決めたの?」
随分人使いが荒いのねぇ・・と思い、私はちょっと呆れ声を出した。

「まあそう言うなって。失職しないだけありがたいよ」
苦笑する彼は、なぜかちょっと、誇らしげにも見える。

「しぃ、せっかくパスポート取ったのにな」
あらら、そういえば、そうだった。
結局初めての海外も、夢にもならない夢へと消えた。

杉元くんの、お正月特番を見た。
「俺は不死身の杉元だ 〜あの時も、今も、これからも〜」
デビューからFA宣言までの軌跡と、これからの目標を語る内容だ。

彼が新人の時審判を追い回した映像が、TVで放送される事は皆無に等しい。
それは恐らく、今は全国の少年ファンの模範となったスタープレイヤー、杉元くんの名誉の為だった。
今回番組では、杉元くんと話し合って敢えて、放送に踏み切ったという。

「マスコミは、正しいことだけ報道してほしい」
ここで私たちにそう語った杉元くんらしいな、と思った。

「外野まで追いかけた」「最後シッチャカメッチャカになった」
それぐらいの認識だったけど、今回初めて聞いた詳しい顛末は、思っていたよりだいぶ派手だった。

杉元くんはジャッジの不服で怒り狂い、逃げる本塁審判を鬼の如く追いかけた。
途中途中、止めようと追いすがるチームの先輩たちを次々となぎ倒しぶっ飛ばした。
そしてライトまで到達した時、振り回す拳で、取り押さえた杢太郎さんをぶん殴った。
ぶん殴られた拍子に杢太郎さんは下敷きになって倒れ込み、その上で両軍、組んず解れつの大乱闘になったのだ・・・。

「俺あん時もし、審判を殴ってしまっていたらもう、プロ人生1年で終わってたと思うんです」
「みんなに本当に迷惑かけてしまって」
「代わりに殴られてくれた菊田さんに、感謝してます・・・」
堂々と立派にインタビューをこなしていた杉元くんは、その時だけちょっと体を縮こまらせた。

夜、帰宅した杢太郎さんにその話をする。
「ああ、そんな事もあったな」
ふふんと笑う彼は
「あいつも随分大人になっちまって」と感慨深そうな表情で自分の顎を撫でる。

「点が入る入んないの話だったから、怒るのも分かるんだけどねえ」
それにしてもまあ、血の気の多い話だと思って私は肩を竦めた。

「なんでそんなに怒ったか言ってた」

「なんでって?『ジャッジが正しくなかったから』じゃなくて?」
さすがにそれは言わなかったか・・・と、彼は堪えきれないように笑いを漏らした。

「はは。アレな、あのホームイン認められてたら、野間さんの勝ち投手の権利が消えてたわけ」

「あっ、そうね。同点に追いつかれるって話だったんだもんね」

「・・・・・後からよく聞いたらさ、正しい正しくないもそうなんだけど」
「誤審で野間さんの勝ちが消える、って思って、そこが腹立ったんだと」
「でも、後からちゃんと見りゃ、結局は誤審でも何でもなかったし」
「野間さんからは恥かかすな、って死ぬほど怒られたんだとさ」
蒸し返されたら恥ずかしいはずだぞ、と彼は愉快そうに笑った。

「杉元くん、あなたを胴上げするまで関カムやめれないって言ってたわよ」

「胴上げかい。これまたずいぶんハードル上げて来たな」

まずは監督になんないとねえ、と私が笑うと

「簡単に言うなよ・・・どんだけキツイか、門倉さんの様子見りゃ分かるだろ」

今オフ、門倉長期政権が終止符を打った。
最後は最下位の引責みたいになってしまったが、本当に長い間お疲れ様だったと思う。
シーズン中はみるみる白髪が増え、顔にも若干疲れが見えていた。

「最近、生き生きしてるよね」
門倉元監督は退団後さっそく、プロ野球ニュースのMCへと華麗な転身を遂げたのだ。
オシャレな着流し姿があまりにもキャッチーで、あっという間にテレビのお馴染みの顔になった。

「現場離れたら、すっかりはっちゃけちゃってなあ」
開幕したら、解説もやるという。
既に番組では、軽妙だったりたまに鋭かったり、それでいて人情味溢れる楽しい話術が評判になっている。
若い頃は二軍のヌシだった門倉さんに、あんなスイッチがあったなんて。
人は見かけによらないものだ。

「あはは。でも本当に優勝してさ、杉元くんがその優勝の立役者だったらさあ」
「それって、あなたのお手柄じゃん」

「だな。俺のおかげで日本中の関カムファンが救われるってわけだ」

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