EP.11 みんな幸せになれ - 4/4

随分、色んな事が変わった。
鶴見元GMが、退団した後どこで何をしているのか、全く情報は入ってこない。

理想のぶつかり合いが、選手やその周りを巻き込むことはよく有ることだ。
グループ会社内で別のポストに就任していると噂に聞いたけれど、鶴見GMは少なくとも、関カムを強くしようとしてくれていた素晴らしいGMだったと、私は信じる。

2025年、キャンプも終わり、オープン戦の時期が到来した。
今日は、杢太郎さんが現場に復帰して初めての、本拠地・・と言っても二軍だけど・・の試合なのだ。
今日は私もお店をお休みして、杢太郎さんの応援に行く。
朝からそう告げると彼は嬉しそうに、じゃあ頑張るか・・って何をだろうな、と自分ツッコミして出かけていった。

二軍球場には、特に椅子やスタンド席に当たるものも何もない。
一部有料の区画を除いて、ほとんど通りがかりに土手に座って見ていられるような、今時珍しい開放的な観戦が楽しめる。

私は、この場所の、この雰囲気が大好きだった。
小さい頃から馴染んでいるせいもあるけど、なんか野球ってこう、外でのびのび、見てるみんなものびのび、っていうのがやっぱり私にはしっくり来るな、と思う。

バックネット中央に程近い、少しビジター寄りの低めの場所に陣取ってシートを敷いた。
そこは、自軍ベンチの中が一番よく見える場所なのだ。

試合は進んだが、それにしても、まあ打てない。
杢太郎さんの姿が見えれば満足の私でさえも、ちょっとストレスが溜まる展開だ。
指導している杢太郎さんだって、気を揉んでいるだろう。

期待の若手が次々と凡退して、スゴスゴとベンチに戻っていく。
とうとうヤジが飛び始めた。

「おいコーチ、マジメにやっとんのかァ!」
「人んちの大事な息子さんたち預かって、こんなん申し訳ないと思わんかぁこらァ!!」
ちょっと怖いおじさんの声に、一瞬客席がヒヤッとする。

その後に、なんか間延びするような声で
「次ダメだったら、菊田ァーーーーお前が代わりに打てやあーーー」
とのどかなヤジが飛ぶと、客席からは笑いと、少し拍手が起きた。

そしたら誰かが、小さい声で歌い始めた。

♪ てんくうをー きーりさくー きーくいちもんじー
さかせよ もくたろう だいりんのおとこばなー ♪

「カットバセー キ・ク・タ」
私も思わず節を合わせて手拍子してしまう。

懐かしい。杢太郎さんの応援歌だ。
まだ彼がうちのお客さんだった頃、私も満員の観客席の中の一人として、泣きながらスタンドでこの歌を歌った。
・・そしてその日の、私の涙ナミダの告白は、彼に、届いた。

試合があんまりつまんないせいか、お客さんたちは悪ノリし、何度も歌ってしまう。

「かっ飛ばせー!菊田!」
客席からのコールが大きくなって来た頃、当の杢太郎さんが、ベンチから出て来た。

「みなさんありがとうーぅ」
「だけどすみません、選手の応援してやってくれるぅ」

堂々と楽しげに、彼が土手に座るお客さんたちに向かって両手を振って笑顔でアピールする。
緊張気味のネクストバッターは、彼から腰にパシンと軽く気合いを入れられて、ニコっと可愛く頷いた。

応援が若手を暖かく激励する雰囲気に変わったら、何だかチームとファンとの間に一体感が生まれた。
バッターも応援を受けて、選手の誇りを取り戻したようにキリッとした表情に変貌している。

私は野球の、こんなライブ感が好きだ。
人がやってる野球を、人が応援する。
人同士の気持ちのやり取りが起きると、野球はただのスポーツではなくなる。

もちろん、屋根のついた立派なスタジアムで快適に見るのも、いい。
夢いっぱいのショップや、アトラクションや、色んな楽しいことで、野球観戦はできている。
ただそれもこれも、野球そのものが面白くなければ、意味のない事だ。

ここが再開発されたら、今風の球場に生まれ変わるのだろうか。
もう、寝転がったら一面空で、風に吹かれながら、選手とファンの距離をこんなにも近く感じられる球場は、無くなってしまうのか。
だったら今を思う存分、楽しんでおかなきゃな、と思う。

杢太郎さんを見つめていたら、彼は私に気づいたようだった。
私は声に出さずに口だけで、
(好ーーーーーーーーきーーーーーーーー!!!)
と彼に向かって叫んでみる。
分かったのか、彼は苦笑いした。

その瞬間、カキンと乾いた心地いい快音が響いた。
私も彼も、咄嗟に打球を見上げる。
二人と、球場にいる皆が、同じ方向に視線を合わせる。
先には遠く青空へ、遙かに飛ぶ白球の軌跡。

夢が一つになって舞い上がる瞬間は、いつだって歓喜と祝福に包まれる。
その先には、程度の差はあれ、栄光が待っている。

野球と出会えて、杢太郎さんと出会えて、本当に良かった。

杢太郎さんが、私と野球をつないでこんなに嬉しい人生にしてくれた。
ただ、ただ、天には感謝を返すのみだ。

ありがとう。もうそれしかない。
心は駆け出して、大声で愛を告げる。

杢太郎さん、大好きよ!

♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡

夏、「ガチで結婚したい独身選手2025」が発表になった。
杢太郎さんが現役時代、常連だったランキングだ。

今年アリコくんが、初登場3位で大注目されている。
去年までは二十何位、とかだったらしい。

「セクシーアリコ 爆誕」

こんな見出しがスポーツ誌の片隅に躍ったのは、オープン戦も終盤の頃だった。
記事はアリコくんが大活躍という話だが、そのイメチェン具合にも触れられていた。

ずっと一つにまとめていた長髪を下ろし、ボタンをふたつ開けたユニフォームから細い金のネックレスをのぞかせる。
そのゆるやかなウェイビーヘアーは風になびかせると意外にもしなやかで、首筋から掻き上げて逞しい首元が露わになると、女の子たちから「ああっ・・・」と甘いため息が漏れる・・
と、新聞には載っていた。

テレビで見ると、今までの素朴なアリコくんとは180度の方針転換だ。
スポーツニュースでも言われ始めた。
「アリコちゃん本日も、セクシー絶好調ねえ」
門倉さん、打撃が、とかじゃなくセクシーが絶好調なんですか・・・

♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡

アリコくんがこれから引退するまで・・・それが何年後かはわかりません。
それまでプロ野球女子の夢を守り続け、ガチ婚キングに君臨しますが、それはまた、別のお・は・な・し★

〜 完 〜 Thank you for reading !

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